【Clip! アカデミー】 第43号 2006/5/23
第1週 エッセイ号「心の関係図のイメージ」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【関係としてのこころ】
3)【集団についてのイメージ】
4)【集団におけるコミュニケーション】
5)【個人の総和以上の存在】
6)【集団を研究する学問】
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
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○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
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■ 基本サイクル ■
※【今回はこちら!】第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
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1)【前回のまとめ】
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これまでの、Clip!アカデミーでは、
●心の構造図や、心の過程図を用いて、
構造やプロセスといった視点からの捉え方
=実体としてのこころ
↓
● 心の歴史図や心の研究法図といった、
捉え方といった方法論からの心の捉え方
=構成概念としてのこころ
を検討して来ました。
そして、現在では、
● 心の対象図という、
それまでと比べて一歩俯瞰した視点からの、
よりマクロなレベルからの捉え方
に入っています。
前回までの、心の対象図で検討してきた中で、
浮かび上がってきたのは、
“こころ”には、
実体的な側面、構成概念的な側面以外の側面が
あるのではないか
ということです。
実体的なものではない
しかし、構成概念でもないものとしてのこころ
心の対象図の検討の中から、
そのようなものとして、浮かび上がってきたのが、
これから検討していきたい、関係としてのこころです。
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2)【関係としてのこころ】
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とはいっても、“こころ”を、
関係性のあり方として捉えるとは、
いったいどういうことなのでしょうか。
おそらく、これまで以上に、
イメージしづらい捉え方かもしれません。
そこでまずは、関係としてのこころを、
イメージとしてつかむところから始めていきましょう。
こころをコンピューターに例えるところから、
認知過程についての研究が生まれたように、
関係としてのこころをうまくイメージするには、
同じく関係によって成り立っているシステムについて、
検討していくことが有効でしょう。
関係によって成り立つシステム。
そう、集団です。
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3)【集団についてのイメージ】
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みなさんは、集団というと、
どんなことを想像しますか。
あるいは、絵に描くとしたら、
どのように集団を表現するでしょう。
人が集まっているところ、
人が集まって、一つにまとまっているところ、
まとまって、何かをしているところ。
絵に描くとしたら。
おそらく多くの人は、まずはじめに
人間を何人か描いてみるのではないかと思います。
○ ○ ○
/|\ /|\ /|\
/ \ / \ / \
そう、集団においてもっとも基本的なことは、
そこに人間がいる、ということです。
集団は、何人かの人間が集まって出来ている。
ここまでは、
どんな人でも納得してもらえるのではないかと思います。
当たり前といえば当たり前のことですが、
ここまでの捉え方を、図で表しておきましょう。
● 集団=個人1+個人2+個人3…個人N
これで、この集団は、N人の個人から出来ている、
と表現できました。
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4)【集団におけるコミュニケーション】
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どんな集団でも、
集団とは個人の集まりであり、
人間がまったくいない集団などというものは、
ありえません。
ただ、それで充分なのでしょうか。
集団を、単純に何人かの棒人間で表した人も、
何か足りないと頭をひねるのではないでしょうか。
ここで、また想像してみて下さい。
人がいるけれど、お互いの存在を全く意識せず、
好き勝手なことをしている場合、
これは、集団といえるのでしょうか。
\○ \○/ ○
/| | /|\
/ \ / \ / \
…もしかすると、言えるのかもしれませんが、
ここからでは、3人が好きなことをしているのか、
3人が集団を形成しているのか、区別することが出来ないんですね。
そう、集団とは、個人の単なる足し算ではありません。
組織として機能していたり、
家族など、集団としてのまとまりを持っている集団では、
そのほかに、重要なことをしている。
それがコミュニケーションです。
新宿駅の雑踏の中で、
お互いのことを無視しているようにみえる場合でも、
我々は言葉以外のサインで、頻繁にコミュニケーションしています。
人の流れが、うまく流れていくためには、
前の人や隣の人が、次にどちらに曲がるか
予測しながら、ぶつからないように距離をとったり、
うまく方向転換する必要があります。
そのため、ほとんど無意識に、
相手の動きを理解して、反応を返すという、
非言語的な情報のやりとりをしているわけです。
つまり、
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人の集まり = 個人1 個人2 個人3…個人N
コミュニケーション = ⇔ ⇔
● 集団 = 個人1⇔個人2⇔個人3…個人N
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となります。
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5)【個人の総和以上の存在】
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では、個人間でコミュニケーションが行われることで、
何が起こるのか。
集団は、新宿駅の雑踏から、
家族や、企業や学校などの組織団体、
広くは国家や社会に至るまで、様々な規模と形態があります。
集団が、高度に組織立てられていればいるほど、
この情報のやりとりは複雑で、継続的に行われる。
ここまで行くと、
個人を横に並べただけの、
先ほどの図では、想像が及ばなくなってきますね。
集団を構成している構成員の個々の顔の代わりに、
集団そのものとしか捉えられなくなっていきます。
そこには、何か、
個人の集まり以上のことが生じていることになります。
その+αは、どこから来るのでしょうか。
先ほどの、「⇔」、個人間でのコミュニケーションを、
すべて集めると、それがちょうどαになるのでしょうか。
あるいは、集団を形成する、
コミュニケーション以外の、
なんらかの要素があるのでしょうか。
ここでは、その+αは、そのままにしておくことで、
集団をより詳しく図式化することができるでしょう。
● 集団= 個人1⇔個人2⇔個人3…個人N +α
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6)【集団を研究する学問】
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どうでしょうか。
集団は、単に個人から成るものではなく、
個々人の間に生じる様々なコミュニケーション、
あるいは環境との様々な相互作用から成り立っている、
というイメージを、持つことが出来たでしょうか。
集団を考える上では、
構成員以上に、個々人間のコミュニケーションから生じる、
様々な現象を考えることが重要になります。
このようなイメージの元で、
家族や社会などの集団、あるいは、集団を形成する要因や、
コミュニケーションの研究をしているのが、
社会学や工学、経済学なのです。
心理学においては、主に
社会心理学や、家族療法・集団療法などの
心理療法が守備範囲にしてきました。
次回からは、
社会心理学や家族療法の視点を通して、
集団における、+αを検討していくことにしましょう。
そこから、関係としてのこころとは
どういうものか、ということも、
見えてくるはずです。
心の関係図(仮)
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● 集団 = 個人1⇔個人2⇔個人3…個人N +α
“こころ”= ???⇔???⇔???…N +α
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【次回配信】
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次回 【問題号】… 5月30日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● 現代心理学[理論]辞典 中島義明 編 2001 朝倉書店
● 社会心理学 -図説・現代の心理学6- 南博 監訳 穐山貞登 訳
1975 講談社
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【編集後記】
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今回から、また”こころ”について、
新しい捉え方を探っていきたいと思います。
またか、と感じる人もいるかもしれません。
あまりにたくさんの捉え方がありすぎて、
何がなんだか分からなくなる。
さて、こう感じたとき、
その感情をどこに持っていくかが重要です。
なにか、すっきりと割り切れる結論を求めるのか、
それとも、割り切れないところに
とどまるのか。
もちろん、どちらも正解です。
しかし、割り切れる結論を追求したい、
あるいは、割り切れないことは耐え難い、
と感じる場合は、
心理学よりもすっきりした、
自然科学に進んだ方がいいかもしれません。
常に、我々の捉え方からすり抜け、
はみ出し続けるのが”こころ”の性質であり、
その際限ないプロセスを繰り返すことに飽きないことが、
”こころ”に付き合うことの必要最低条件だからです。
そんなわけで、
”こころ”の新しい捉え方、
まだまだ当面続きます。
お付き合いのほど、よろしくお願いします。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
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2006年5月23日火曜日
【Clip!アカデミー】第43回:新章突入!エッセイ号「心の関係図のイメージ」
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