【Clip! アカデミー】 第65回 2006/12/19
第3週 解説号「心の未知の側面と取り組む」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【問題の解説】
【Q1】心理臨床と観察に関する問題
【Q2】心理療法に必要な要素に関する問題
【Q3】権威と実践に関する問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
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■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
※【今回はこちら!】 第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
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●心理学やその周辺状況について、熱く語りたい方
●大学院でのディスカッションに飽き足らない方、
●ディスカッションしようにも、そもそも周りに相手が見つからない方。
【Clip!アカデミー】では、
現在勉強会を行っています。
心理学史や研究法など、
心理学の基礎的な文献を読みながら、
重要なトピックについてディスカッションするものです。
もしかしたら、それを元に、
メールマガジンを配信することになるかもしれません。
Clip!アカデミー事務局までご連絡下さい。
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1)【前回のまとめ】
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心の実践図(仮)
====================================
●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
====================================
心の実践図2(仮)
====================================
○「語りえないもの」に対する実践
●物語・文学→「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語らないまま表現する」
↓
○実践を自覚・検証・修正する手段
●論理・科学→「(仮に)語りえるものとみなして語る」
↓
◎心理学的実践=心理臨床
====================================
前回エッセイ号までの2回のエッセイ号による検討では、
「語りえないもの」という、
”こころ”のなかでも論理では説明できない側面を、
どのように捉えるか、
という点について考えてきました。
前回エッセイ号では、「なぜ人を殺してはいけないのか」
という倫理的な命題を通して、
このことを確かめるとともに、
心理学の実践的応用分野である心理臨床は、
どのように「語りえないもの」を捉えることができるのか、
ということを考えてきました。
ここでの一応の結論が、
心の実践図2にあるように、
「語りえないもの」に対する取り組みにおいては、
科学的視点によってそれを自覚し、修正し、
理論化する、という点こそ、心理臨床実践の独自性ではないか、
というものです。
前回の問題号、今回の解説号では、
もうすこし心理学に引きつけた形で、
心理臨床実践について3つのテーマを掘り下げています。
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2)【それでは問題です】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Q1】観察のいろいろに関する問題
心理臨床における観察のあり方について
よく説明しうる概念として、
もっとも適当なものを、
以下の選択肢よりひとつ選びなさい。
====選択肢=====
a. 自然観察
b. 参与観察
c. 関与しながらの観察
d. 実験的観察
============
正解は、 【 c. 】
自然観察と実験的観察の違いは、
統制条件があるかどうか、
から区別することが出来ます。
観察対象の諸条件をコントロールせず、
できるだけありのままの状態で観察するのが、自然観察。
逆に、条件をコントロールし、
特定の条件下での観察対象の振る舞いを観察するのが、
実験的観察になります。
有名なものでは、
幼児の愛着形成のパターンを観察するために行われる、
ストレンジシチュエーション法などが
それにあたるでしょう。
「参与観察」と「関与しながらの観察」に関しては、
おそらく【 c. 】をあげた人がほとんどではないでしょうか。
しかし、勉強している人ほど迷ったのではないかと思います。
なぜなら、
実際には、このふたつはほとんど同義として
扱われているからです。
元の英語も、同じparticipant observationです。
違いを挙げるとすると、
臨床実践において取り上げられる場合、
participant observationは、
新フロイト派の臨床家、H・S・サリヴァンの言葉として、
「関与しながらの観察」と訳されます。
一方、「参与観察」と訳され、用いられる場合、
観察法という研究法のひとつとして紹介されることが多いでしょう。
そして、この目的の違いからは、
やはり同じ行為であったとしても、
あえて区別するだけの意味があるように思われます。
どこが違うのか、皆さんも考えてみてください。
【Q2】心理療法に必要な要素に関する問題
心理療法を実践する上で不可欠な要素として
もっとも適当なものを、
以下の選択肢の中からひとつ選びなさい。
===選択肢===
a. 心理検査
b. 心理査定
c. 医学的診断
d. 受理面接
=========
正解は、 【 b. 】
この中で、心理療法に欠かせない要素というと、
どれになるでしょうか?
心理検査を行うことや、
受理面接を行うことは、
ときにほとんど心理査定とイコールとして扱われます。
心理査定と、医学的診断が、
ほとんど同義になることもあります。
そういう意味で言えば、
心理検査・受理面接・心理査定・医学的診断、
これらが欠けていても、心理療法は成立しそうに見えます。
しかし、心理査定の意味を、
もう少し広く捉えるとどうでしょう。
心理査定→基礎資料から問題に対する仮説を構築すること
つまり、
クライエントの問題や障害、
それに対する治療法の選択、
その結果予期される予後の見通しを得ること。
とすると、ほかの3つは、
心理検査→心理査定のための道具
受理面接→心理査定のための枠組み
医学的診断→医師による問題の評価と分類
と区別することが出来そうです。
このように捉えると、
心理査定=アセスメントのない
心理療法は、存在しないことが分かります。
心理検査や受理面接、医学的診断は、
医療現場において、
アセスメントを構造として行うために発達してきた
枠組みであると考えられます。
その意味で、
医療現場でなければ、
心理検査や受理面接、医学的診断のない
ところでスタートする心理療法も成立しえます。
しかし、
アセスメントがまったく存在しない心理療法は成立しえません。
クライエントに関するなんらかの仮説がなければ、
クライエントにどのような援助が期待できるか判断することは出来ず、
したがって、そもそも心理療法の用不要自体が判断できないからです。
逆に、治療構造として備わっていない分、
アセスメントを常に明確にしている必要があるのが、
医療現場以外での心理臨床であるといえるでしょう。
【Q3】権威と実践に関する問題
権威との関係について、
心理臨床実践に大きな変化をもたらした臨床家として、
最も適当と思われるものを、
以下の選択肢から一人選びなさい。
=====選択肢=====
a. C・R・ロジャーズ
b. G・フロイト
c. M・ホワイト
d. M・エリクソン
=============
正解は、 【 a. 】
心理臨床が、
フロイトの行った精神分析療法にその多くを
負っていることに反対する人は、
おそらくいないでしょう。
フロイトは医者であり、
またその権威を自明のものとして、
あるいは意図的に、治療関係に持ち込みました。
しかし、治療者の権威を前提とする
「治療者(医者)‐患者」関係に疑問を持ち、
その後の心理臨床実践を位置づけなおしたのが、
来談者中心療法の生みの親であるC・R・ロジャーズです。
それまでの受動的な存在としての「患者」は、
ここでは自らのニーズを持って、
主体的にサービス(心理療法的援助)を
求める「来談者」として位置づけられます。
その背景には、心理療法の、
医療以外の現場への拡大という問題がありました。
専門的サービスの提供、
という枠組みであれば、
教育現場、福祉や矯正の現場においても、
広く心理療法的援助が可能になります。
医療的には問題のない健常者も、
心理療法的援助の対象者に入ってくるからです。
このようにして、
来談者中心のスタンスは、現在の心理臨床における、
グランドセオリーのひとつを成しているに至っています。
しかし今度は、
本当に現在の心理臨床は「来談者中心」か、
という問題が提起されることになります。
●そもそも、相互に影響を与え合っている治療者と来談者は、
弁護士のように、専門的知識を来談者に一方的に与えている
他の専門的サービスとは、根本的に異なる、という考え方があります。
●はたまた、来談者の問題を解決するためであれば、
権威だろうが、なんだろうが、あるものを使えばよいし、
必要なければこだわる必要はない、という考え方もあるでしょう。
●現代社会において、もっとも「来談者中心」なのは、
サービス産業における、サービス提供者のあり方かもしれませんが、
心理療法が、はたして、他のサービス産業と同じような
産業になりえるのか?という疑問もあるかもしれません。
心理臨床の実践について考える上では、
治療者と来談者の関係のあり方について、
避けて通ることができません。
皆さんも、自分の想像の及ぶ範囲で、
こうした関係の在り方について考えてみてください。
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【次回配信】
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次回 【エッセイ号】… 2007年1月2日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● 新訂 方法としての面接-臨床家のために 土居健郎 1992 医学書院
● 心理臨床大辞典[改訂版] 氏原寛 亀口憲治 成田義弘 東山紘久
山中康弘 共編 2004 培風館
● 新版 心理臨床家の手引 鑪 幹八郎 名島 潤慈 編 2000 誠信書房
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【編集後記】
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今回は、3問のうち、どれも答えの定まらない問題を
出題することにしました。
それは、実践というテーマ、「語りえないもの」というテーマ自体が、
自信を持ってこれが答えだ、
と論じられることを、拒むところがあるからです。
明確な結論を拒む、というよりも、
そのテーマや疑問について考える過程のほうに意味がある、
といった方がいいでしょうか。
例えば【Q2】を読んで、
そういえば、アセスメントのない心理療法って、
あるとしたらどんなものだろう、
などの疑問が、ふと浮かんでこなかったでしょうか。
こうした「もしも」の仮説を、
頭の中で検証してみることを思考実験といいます。
このメルマガが、こうした「もしも」について考えたり、
ご友人と議論したりするきっかけになれば、と思います。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年12月19日火曜日
【Clip!アカデミー】第65回:解説号「心の未知の側面と取り組む
2006年12月12日火曜日
【Clip!アカデミー】第64回:問題号「心の未知の側面に取り組む
【Clip! アカデミー】 第64回 2006/12/12
第2週 問題号「心の未知の側面と取り組む」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
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◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【それでは問題です】
【Q1】心理臨床と観察に関する問題
【Q2】心理療法に必要な要素に関する問題
【Q3】権威と実践に関する問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
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第1週「エッセイ号」…問題提起
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※【今回はこちら!】 第2週「問題号」…練習問題
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(特別号が配信される場合があります)
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■ 第2サイクルへ続く ■
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●心理学やその周辺状況について、熱く語りたい方
●大学院でのディスカッションに飽き足らない方、
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心理学史や研究法など、
心理学の基礎的な文献を読みながら、
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1)【前回のまとめ】
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心の実践図(仮)
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●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
====================================
心の実践図2(仮)
====================================
○「語りえないもの」に対する実践
●物語・文学→「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語らないまま表現する」
↓
○実践を自覚・検証・修正する手段
●論理・科学→「(仮に)語りえるものとみなして語る」
↓
◎心理学的実践=心理臨床
====================================
前回エッセイ号までの2回の検討では、
「語りえないもの」という、
”こころ”のなかでも論理では説明できない側面を、
どのように捉えるか、
という点について考えてきました。
我々の社会や人生において、
「語りえないもの」が問題となってくるのは、
特に、倫理的な問題においてです。
そして、そうした「語りえないもの」を
捉えるために、我々が用いてきたのは、
科学ではなく、文学や宗教、芸術という領域なのです。
そこで前回は、「なぜ人を殺してはいけないのか」
という倫理的な命題を通して、
このことを確かめるとともに、
心理学の実践的応用分野である心理臨床は、
どのように「語りえないもの」を捉えることができるのか、
ということを考えてきました。
ここでの一応の結論が、
心の実践図2にあるように、
実践し、科学的視点によってそれを自覚し、修正し、
理論化する、という点です。
心理臨床は、文学や宗教、芸術のように、
新しい可能性を押し開くものではありません。
その意味で、心理臨床は芸術ではなく、
地道な職人芸の世界であるということになりますが、
だからこそ、
努力の積み重ねによって心理臨床家になる道が、
細々と存在する、といえるのではないでしょうか。
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2)【それでは問題です】
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【Q1】観察のいろいろに関する問題
心理臨床における観察のあり方について
よく説明しうる概念として、
もっとも適当なものを、
以下の選択肢よりひとつ選びなさい。
====選択肢=====
a. 自然観察
b. 参与観察
c. 関与しながらの観察
d. 実験的観察
============
【Q2】心理療法に必要な要素に関する問題
心理療法を実践する上で不可欠な要素として
もっとも適当なものを、
以下の選択肢の中からひとつ選びなさい。
===選択肢===
a. 心理検査
b. 心理査定
c. 医学的診断
d. 受理面接
=========
【Q3】権威と実践に関する問題
権威との関係について、
心理臨床実践に大きな変化をもたらした臨床家として、
最も適当と思われるものを、
以下の選択肢から一人選びなさい。
=====選択肢=====
a. C・R・ロジャーズ
b. G・フロイト
c. M・ホワイト
d. M・エリクソン
=============
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【次回配信】
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次回 【解説号】… 12月19日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● 新訂 方法としての面接-臨床家のために 土居健郎 1992 医学書院
● 心理臨床大辞典[改訂版] 氏原寛 亀口憲治 成田義弘 東山紘久
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● 新版 心理臨床家の手引 鑪 幹八郎 名島 潤慈 編 2000 誠信書房
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【編集後記】
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ようやく、心理臨床に関する問題を出題することが出来て、
うれしい次第です。
心理学の中でもさらに新しく、
しかも応用心理学として、
基礎心理学から叩かれることも多い
臨床心理学ですが、
やはり、心理学の中での位置づけ、
というところから考えていくと、
このように、最後の最後に登場することになります。
おそらく、心理学の概論書においても、
たいていはそのような章立てになっているはずです。
それは、心理学の歴史や在り様、研究法や諸分野について、
一通り通過してきてからでなければ、
そしてそれを前提としてでなければ、
語れないものだからなのでしょう。
そのために、基礎心理学の勉強があり、
臨床心理系の大学院受験においては、
学部外からの受験者にとって厳しいハードルが
用意されることになります。
その勉強は、どうしても必要です。
たとえ中身を将来忘れてしまったとしても、
見えないところで、自分の中の”心理学なるもの”を、
支えてくれることになるのではないでしょうか。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
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※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年12月5日火曜日
【Clip!アカデミー】第63回:エッセイ号「心の未知の側面と取り組む
【Clip! アカデミー】 第63回 2006/12/5
第1週 エッセイ号「心の未知の側面と取り組む」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
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◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【「なぜ人を殺してはいけないのか」】
3)【3人の実践家】
4)【では心理臨床家は?】
5)【科学的検証の意味】
6)【心の実践図その2】
7)【議論し、考えること】
【次回配信日】
【参考文献】
編集後記】
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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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1)【前回のまとめ】
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心の実践図(仮)
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●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
====================================
前回のエッセイ号では、
どのように心理学にとっての心の未知の側面=「語りえないもの」
を捉えようとするか、という方法論の違いから、
科学と物語、宗教、芸術を比較しました。
今回は、文学者、宗教家、芸術家という3人の実践家に、
子どもが「なぜ人を殺してはいけないのか」と聞いてきたとき、
どう答えるか考えてもらいます。
そして、それを踏まえて、
では、心理学者は、その問いとどう向き合うことが出来るか、
ということについて検討していきたいと思います。
なんでこんな話になるのか?
それは、「語りえないもの」とは、
「なぜ人を殺してはいけないのか」
「ふつうとはなにか」
のように、我々の世界や人生が丸ごと乗っているような
土台になる部分であるにもかかわらず、
誰もが言葉に詰まってしまうような部分だからです。
人間にとって大事なものばかりですが、
”こころ”を捉えようとする心理学であっても、
もっとも取り扱いに困る部分でもあります。
しかし、これに類する問いは、
心理臨床の現場にはたくさんあります。
そして、時代の流れとして、
心理学を勉強する人間は、
こうした問いと無関係ではいられないでしょう。
この問いを考えるために、
我々は心理学の一歩外にでなければなりません。
しかし、
このような「語りえないもの」を意識し、
それに自分はどのような態度を取るのか。
それを自覚する前と後とでは、
勉強の仕方がかなり違ってくるはずです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【「なぜ人を殺してはいけないのか」という問い】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
我々は心の実践図を立てて、
人類が自らを理解するために行ってきた、
様々な実践を比較検討することから、
“こころ”の未知の側面を探ろうとしてきました。
実践について検討することが、
なぜ心の未知の側面になるのでしょうか。
それは、
物語や宗教・芸術など、様々な実践を通して捉えられた人間の在り様が、
科学が今まで捉えられないできた側面について、
何かを示唆しているように見えるからです。
物語や宗教・芸術を通して捉えられた人間の在り様。
たとえば、それは、
Q「どうして人を殺してはいけないのか」
ということです。
これを子どもに尋ねられたとき、
あなたはどのように答えるでしょうか。
A1「そんなこと自分には関係ない」
…なんてことはいわないでしょう。
心理学に興味を持ち、また、臨床心理学を勉強しようと思った人間は、
心のどこかで、この問いに引っかかっているはずですし、
心理臨床を職業にしようとしている人ならば、
この問いを避けては通れないはずなのです。
ここで、
A2「分からない」
と思った方。
答えの近くまで来ていることになります。
つまり、それが「語りえないもの」です。
この問いの盲点は、我々が、
どうしても相手を論理的に説得しようとしてしまう、
という点です。
「なぜ人を殺してはいけないか」という、
倫理的な命題は、論理的に正しい答えを出すことが出来ない。
といっている人もいます。
A3「語りえないものについては沈黙しなければならない」
…ヴィトゲンシュタイン
だからといって我々は、
単に沈黙していられるわけではありません。
単なる議論ならば、途中で放っておくことも出来ます。
しかし、目の前にそう問われたならば、
その人とのかかわりの中で答えを出さないでいる、
ということはできないからです。
このジレンマは、心理学を学んで現場に出て行く、
すべての心理臨床家が抱えているテーマであるように
思われます。
なぜなら、心理臨床の現場で問題になるのは、
突き詰めていくと結局は、
人間の人生の中の、理屈ではどうにもならない部分だからです。
その部分に、答えを出せないまま、
それでもかかわり続けるのが、心理臨床家を含め、
人間の中の「語りえないもの」
に触れざるをえない実践家の態度ではないでしょうか。
それでは、
「語りえないもの」を捉えようとする様々な実践と比較して、
心理学と、心理学の中の実践家である心理臨床家は、
どのように「語りえないもの」を扱っているのか。
このような点が、心の未知の側面を捉えるために、
我々が心の実践図を検討する意味になるでしょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3)【3人の実践家】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
さて、心の実践図をもう一度見直してみましょう。
心の実践図(仮)
====================================
●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
====================================
そして、文学、宗教、芸術の場合について、
考えてみたいと思います。
あくまでも、単なる比喩であり、
説明のためのフィクションであることを
ご承知置きください。
●文学者のA氏の場合
それでは、文学者のA氏は、
どのようにその問いに答えるのでしょうか。
おそらく、「なぜ人を殺してはいけないのか」
について、直接答えを出そうとはしないでしょう。
そして、その代わりに、
一人の殺人者についての物語を語るかもしれません。
あるいは、その物語を通して、
殺人を犯す、ということについて、
当人と一緒にひたすら考え続け、
“語ろうとし続ける”かもしれません。
●宗教家のB氏の場合
次に、宗教家のB氏ならば、
なんと答えるでしょうか。
おそらく、
「“神”が殺人を禁じているから、人を殺してはいけないのだ。」
と答えることでしょう。
このことは、B氏の宗教を信仰していない我々には
もう少し説明が必要かもしれません。
宗教の前提には、
「語りえないもの」を“語りうる”存在、があって、
それが、イエス・キリストであったり、
阿弥陀仏であったり、蓮華経であったりするのだ、
と考えると、わかりやすくなります。
つまり、この「信仰」という宗教的実践の本質は、
この“語りうる”存在が実在することを「信じる」、
という態度・決断だということができます。
これさえ乗り越えれば、後は簡単です。
“神”は、「語りえないもの」を“語りうる”のだから、
「人をなぜ殺してはいけないか」の理由も知っているはずだ。
その“神”が「いけない」というのだから、
「人を殺してはいけない」のだ。
すなわち、“神”という全能者が、
いっさいの「正しさ」の根拠となるのが、宗教の特徴です。
だから、B氏の説得力は、
B氏がどれだけその「信仰」をゆるぎなく持っているか、
という点にかかっています。
また、「なぜ人を殺してはいけないの?」と
問うた当人が、B氏の宗教の信者であるかないか、
によっても変わってくるでしょう。
あまりに単純すぎると思う人もいるかもしれませんが、
近代以前は多くの領域で、
このような仕組みによって物事の「正しさ」が保障されていたのです。
これがすごいことなのは、
近代以降、いかに我々が、
「正しさ」の判断をするために苦労しているか、
を考えてみれば分かるでしょう。
● 芸術家のC氏の場合
芸術家のC氏ならどうするでしょうか。
ある意味、もっとも予測がつかないことをしそうです。
絵を描き始めるかもしれないし、
刑務所まで行ってパフォーマンスをするかもしれないし、
「なぜ人を殺してはいけないの?」と
たずねてきた当人を巻き込んで、
ひとつ劇を作ってしまうかもしれません。
悪い芸術家なら、「じゃあやってみな」といって、
自分の胸をナイフで刺してみろ、と詰め寄るかもしれませんね。
なぜなら、芸術家の表現とは、
常に既存の価値観の枠組みからはみ出ようとするものだからです。
職人芸との違いは、そこにあります。
職人は、積み上げた技能を発揮することを目的としますが、
芸術家は、その技能を使って、
我々の目を、それまで見ていた世界の外に向けようとするからです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
4)【では心理臨床家は?】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
以上の実践を踏まえて、
心理臨床家はどうするのでしょうか。
芸術家のような人たちは、
ある種のタレント(天才)であって、
これまで我々の社会になかった新しい可能性を、
切り開くことを職業としています。
その意味で、心理療法家のスタンスは、
エンジニアや、職人に近くなるでしょう。
彼らが創造した「語りえないもの」
の捉え方を利用して、
「なぜ人を殺してはいけないのか」
と尋ねてくるような子どもと関わる。
それを、比較的誰もが実践できるような方法論として、
確立したものが、心理療法と呼ばれるのかもしれません。
そう考えると、心理療法に必ず、
創始者の人格や、土台になっている哲学や、
心理学以外の理論的基礎が存在することが、
腑に落ちてくると思います。
また、物語や芸術、宗教が切り開いてきた
「語りえないもの」を捉えるための可能性は、
人類全体が、自分たちの知恵として蓄積してきて、
日常のコミュニケーションの中で、
気づかれないくらい当然のものとして用いているものでもあります。
例えば、日本で生まれた人ならば、
就職活動がうまくいかない人に対して、
「縁のモノだから」という言い回しを耳にしたことがあるでしょう。
「縁」という不思議なつながりを前提とすることで、
「就活の失敗=人格の否定」と考えて落ち込みがちな人に、
すこし柔らかな捉え方を促している。
これは仏教からきた言葉ですが、
我々は、それをそうと知らずに、日常の中で使っています。
心理臨床家の実践は、
その意味で、芸術家ほど新しく大胆でもないけれど、
この時代に生きる一個人として
”ふつう”にできることをする、ということになるでしょう。
もちろん、口で言うほど簡単なことではありませんが…。
しかし、その場合、
心理学を学ぶ意味、この時代に生きるほかの一個人とは異なる、
心理臨床家の関わりの独自性はどこにあるのでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
5)【科学的検証の意味】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ここで再び、「語りえないもの」を捉えることが出来ない、
と一番初めに否定されていた
科学が登場することになります。
「語りえないもの」を捉えようとする、
様々な実践の在り方の土台の上に、
ようやく、科学がその意味を持つことができそうです。
具体的には、
●自分のやっていることを自覚している。
●相手についての仮説を立て、それを検証、修正し続ける。
●有効な方法を検証し、理論化し、一般化しようとする。
という点が挙げられるでしょう。
これは、いわば、科学者の研究態度です。
心理臨床の独自性を挙げるなら、
上述のような実践行いつつ、それをあくまで論理で説明し、
修正し続けようとすること、といってもいいかもしれません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
6)【心の実践図その2】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
心理臨床家は、
「語りえないもの」を捉えるために様々な実践の知恵を取り入れつつも、
そのような実践を科学的に検証し続けることで、
はじめて臨床心理学の立場から、
「語りえないもの」に向き合うことができる、
ということができそうです。
このことをまとめた上で、
心の実践図を修正してみましょう。
心の実践図2(仮)
====================================
○「語りえないもの」に対する実践
●物語・文学→「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語らないまま表現する」
↓
○実践を自覚・検証・修正する手段
●論理・科学→「(仮に)語りえるものとみなして語る」
↓
◎心理学的実践=心理臨床
====================================
「語りえないもの」は、
我々がいまだ論理で捉えることができていない心の側面です。
それを理屈で捉えることは、
原理的に無理なのかもしれませんが、
それでも、
我々は“それ”を捉えようとする努力をやめないでしょう。
心理学、特に、臨床心理学においては、
この心の未知の側面に、
理論だけで向き合おうとはしません。
常に、心理学者その人の、
生身の人間としての実践が前提として存在し、
自分の実践を自覚し、検証・修正するための手段として、
科学者的態度、心理学理論を用いる、
と考えることができるでしょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
7)【議論し、考えること】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
世間一般では、心理学で「語りえないもの」に
答えを出すことができる、と期待する風潮もありますが、
そのように都合のいい理屈はどこにもありません。
答えを出すのは、結局、常に自分自身。
心理学は、その人の答えを出そうとする努力を、
鏡となって照らし返すために役立つのではないでしょうか。
とはいえ、おそらくこのことは、
正しい答えを出すことではなく、
各人が自分の意見を持ち、
議論し合う過程自体に意味があるように思われます。
心理学そのものが、
「語りえないもの」を捉えることができるかどうか、
それにどう答えを出すことができるのか、
という問いを、みなさんも考えてみてください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【問題号】… 12月12日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● ヴィトゲンシュタイン 藤本隆志 1998 講談社学術文庫
● どの宗教が役に立つか ひろさちや 1990 新潮選書
● イエスとは誰か 高尾利数 1996 日本放送出版協会
● 新訂 方法としての面接-臨床家のために 土居健郎 1992 医学書院
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【編集後記】
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※【Clip!勉強会】ゆるゆると始動しはじめました。
表参道の事務所で行っていますので、
興味ご関心がおありの方は、
まずはメールでお問い合わせください。
clip-academy@clinicalpsychology.jp
2006年も残りわずか。
1年半に渡って、心理学を様々な側面から
切って来た【Clip!アカデミー】ですが、
今回は、実践という側面から切るにあたって、
心理臨床の分野を検討するに至りました。
とはいえ、芸術や宗教の話が半分で、
どこが心理臨床の話なの?
と思われた人もいるかもしれませんね。
でも、心理学とか、心理臨床ならば、
今お持ちの参考書に、たくさん書いてあると思います。
それに比べて、芸術や宗教と、
心理臨床とのつながりということになると、
興味がなければなかなか眼に入る機会がないと思います。
しかし、心理臨床の多くは、
芸術や宗教に非常に密接につながっています。
そもそも、フロイトの精神分析からして、
彼がユダヤ人でなければ、出てこなかったものでしょう。
そして、ユダヤ人については、
ユダヤ教に関する最低限の知識は抑えておく必要があります。
などと言い出すときりがないですね。
ただ、心理臨床の実践というものは、
ただでさえ徒手空拳で、非常に心もとないものなので、
様々な先人たちの知恵やセンスを、
少しでも取り入れるために、
常に偏見なく、自分の専門外のモノに、
眼と心を開いておきたいという思いがあります。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年11月21日火曜日
【Clip!アカデミー】第62回:解説号「補足:心の未知の側面」
【Clip! アカデミー】 第62回 2006/11/21
第3週 解説号「補足:心の未知の側面」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【問題の解説】
【Q1】「語りえないもの」についての問題
【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
【Q3】小説の実践に関する問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
無料心理学メールマガジンです。
■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
※【今回はこちら!】 第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
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【Clip!アカデミー勉強会のお知らせ】
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【Clip!アカデミー】では、
現在勉強会を準備中です。
心理学史や研究法など、
心理学の基礎的な文献を読みながら、
重要なトピックについてディスカッションするものです。
もしかしたら、それを元に、
メールマガジンを配信することになるかもしれません。
●現在大学院の院生であり、
心理学やその周辺状況について、熱く語りたいが、
大学院でのディスカッションに飽き足らない方、
ディスカッションしようにも、そもそも周りに相手が見つからない方。
もちろん、ディスカッション上の
ルールやマナーを身に付けていることは
前提ですが、Clip!アカデミー事務局までご連絡下さい。
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※ 勉強会は、表参道の講座事務所で行う予定です。
※ 応募者多数の場合、1回のディスカッションに、
多くの方に参加してもらうことは難しいかもしれません。
もし参加希望の方がいらっしゃれば、
勉強会に関するメーリングリストに登録していただくことになります。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
これまで【Clip!アカデミー】では、
心という、あいまいで捉えがたいものを、
心理学の先人たちがどのように捉えようとしてきたのか、
という点から、図式を立ててきました。
今回からは、補足的な捉え方として、
そうした心の未知の側面について、
できる限りの検討をしています。
心の未知の側面というのは、
まだ、心理学において、捉え切れていない領域を指します。
特に、”こころ”を実践的に
捉えようとする試み。
これらは実際には、科学より、
心理学よりも長い長い歴史を持っています。
そして、言葉では「語りえない」部分を
捉えようとしてきたという意味で、
常に科学と対比して語られる点で、
共通しています。
前回のエッセイ号では、
心を実践から捉えようとする分野として、
例えば文学や宗教、芸術の領域を挙げました。
そして、どのように”こころ”の、
特に、言葉では「語りえない」側面と向き合ってきたのか、
という点について、
今までの本メルマガのスタンスから、
補足的な検討を開始しています。
それをまとめたのが、以下の図式になります。
心の実践図(仮)
====================================
●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
====================================
今回解説号では、
「語りえないもの」を巡る3つの問題について、
解説を通して、考えを深めていきます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【それでは問題です】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Q1】「語りえないもの」についての問題
「語りえないものについては、沈黙しなければならない」
という命題で有名な哲学者は誰か。
以下の選択肢から適当なものを選びなさい。
=====選択肢======
a. デカルト
b. ソシュール
c. ハイデッガー
d. ヴィトゲンシュタイン
==============
正解は、 【 d. 】
上述の文句は、ヴィトゲンシュタインが
「論理哲学論考」の中で、
言語を巡る命題のひとつとして取り上げられたものです。
ヴィトゲンシュタインの哲学は、
主に前期と後期に分けられますが、
その中心的なテーマは、言語の性質、
または「語りえないもの」を巡って展開されました。
ヴィトゲンシュタインは、
有名なこの言葉を発した「論理哲学論考」の提唱後、
自分のなすべきことは成した、ということで哲学探究をやめ、
小学校の教員となります。
あれだけの大哲学者でありながら、
小学校の一教員として、
子どもたちと関わって生きるという選択をしたヴィトゲンシュタイン。
だた、結局は、
前期の「写像理論」の欠点に気づくとともに、
また哲学の道に戻ることになります。
ヴィトゲンシュタインが、哲学で名を成してから、
小学校の一教員になる、という選択は、
よく考えるとすごいことです。
いくら哲学で名を成したとしても、
子どもたちを対象に新しい道に進むということは、
自分の築いた地位を単に捨てるだけでなく、
生身の子どもたちの前で、より厳しく、
自分のやってきたことを試されるということも意味するからです。
それができたということは、
ヴィトゲンシュタインが、
よほど自分の積み上げてきたものに、自信を持っていたのか、
そもそも人間として、
地位や名前には重きを置いていなかったのかもしれません。
【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
前回エッセイ号で述べた、
”科学は、「言葉にならないもの」を、
仮に語りうるものと見なすところからスタートする”、
ということは、言い換えると、どういうことか。
以下の選択肢から、もっとも適当と思われるものを選びなさい。
=============選択肢===============
a. 科学として物事を捉えるためには
仮説を立てる必要があるということ
b. 反証可能でないものは、科学ではないということ
c. 仮説の正しさを、確率的に割り出そうとするということ
===============================
正解は、 【 a. 】
仮説を立てる、という作業がそれですね。
「これが正解だ」と仮に決めてしまう。
そして、
その仮説=仮の正解がどれくらい正しいのか、
を確率的に割り出そうとする手続き。
それが統計的な検定なのではないでしょうか。
ここに、科学、特に「言葉にできないもの」を
科学として扱おうとする、
社会科学全般に見られるトリックというか、発明があります。
「言葉にできないもの」を、
正確に厳密に表現できるわけはないのですが、
まずは、割り切って表現してしまう。
そして、本来は「言葉にはできない」のだ、
という部分を、仮説の正しさを確率的に示す、
という離れ業によって担保するわけです。
つまり、科学的に実証された、
心についての仮説というものは、
どれも、間違えている可能性は1%です、5%です、
という言い方で、ギリギリの
実際は、我々が生きている中で、
1%や5%に入ってしまうことは多々あります。
その意味で、科学的検証が、
本当に「言葉にならないもの」を語りえるわけではないのですが、
個々のケースとか、個々の人生を考えなければ、
一般的に正しそう、ということができます。
この手術が失敗する確率は、5%です、といえれば、
一応、手術するかしないかの判断材料にはなります。
あくまで、60回やって、2回失敗しました、
ということなのですが。
それで充分、という我々の社会における価値観の上に、
科学は成立しているということができます。
【Q3】小説の実践に関する問題
以下の引用を読んで、以下の質問に答えなさい。
『社会科の授業で先生が「“昔”とはいつのことでしょう」
という問題を出し、生徒全員に小さな紙に答えを書かせたときのことだ。
集まった紙を先生がバラバラ見ながら、読んでいく。
「10年前、佐藤。100年前、山本さん、(略)」
こんな感じで続いていたのだが、Mさんの答えだけは違っていた。
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」』
『書きあぐねている人のための小説入門』p.10
上記のエピソードついての文章のうち、
著者の意見ではないものは次のうちどれか選びなさい。
=============選択肢=================
a. 日常の中の、こうした些細なエピソードを拾い出すことが、
小説の意味である。
b. Mさんのものは、小説の書き出しとして使える。
c. 「社会科の授業」という枠のなかでものを考えるようになっている
小学4年生が、「昔とはいつ?」と訊かれれば、
10年前とか、100年前と答えるのは当たり前だ。
d. Mさんの答えは、明らかに「異質」で、はっきり言って頭が悪い。
=================================
正解は、 【 a. 】
…引っかけ問題です。
【 d. 】は、原文からの引用ではありますが、
引っ掛け問題にするために、いじわるな引用の仕方をしています。
以下の解説を読んで、誤解の内容にお願いします。
なんだか国語のテストのようですが、
本メルマガは心理学のメルマガですから、
意図は別のところにあります。
ここでは、小説家の視線というものが、
人間をどのように見ようとする試みなのか、
それが、心理の視線と比べてどうか、
という点をご紹介したいと思い取り上げました。
もしこの場に、
自分がスクールカウンセラーとしていたとしたら、
どのようなことが学べるだろうか。
このような視点から、考えてみてください。
作家の実践とは、
決して文章やお話を書くことではなく、
言葉にならない現象をいかに我々の意識の中に持ち込むか、
という点にあります。
●目の中には入っていても、見えてはいなかったこと。
それが、彼らが作品の中で描写することで、
はじめて社会の中に存在することを認知される。
そこに、文学が行っていること、
すなわち、
「語りえないもの」を「語らないままに語ろうとする」
という実践があるということができます。
この文の小見出しは、こうなっています。
「小説の生まれる瞬間」
つまり、
小説が生まれる瞬間とはどのようなものか、
という例として、
著者はこの小学校の思い出を語っているわけです。
では、なぜMさんの答えだけが、
小説の書き出しに使える、というのか。
そこには、学校という社会的な枠組みの中で
あらかじめ決められたルールの中に、
それでは説明できない”個”を持ち込んでいるからだ、
と著者は続けます。
たとえば、「会社員」や「小学生」とひとくくりにされることで、
個人ひとりひとりの”個”は、
社会や学校の中では見えなくなっていきます。
それは、「小学生」としての当然の前提を、
誰もが共有しているからです。
「昔」=10年前・100前、という構図が、
社会科という科目において、当然の前提として共有されているとき、
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」という答えは、
不正解であるだけでなく、「異質」でさえあります。
しかしそこには、
我々が人間として生きていた「昔」が、
生き生きと立ち上がってきます。
そこに、我々の目線を向けさせること。
作家の実践には、そうしたまなざしが向けられているところに、
心理学とは異なる意義があるといえそうです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【エッセイ号】… 12月5日(火)にお送りする予定です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
● 絵でわかる現代思想 VALIS DEUX著 2000 日本実業出版社
● 書きあぐねている人のための小説入門 保坂和志著 2003 草思社
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
作家の視線は、
”個人”の人生の中の、
言葉にならない部分を捉えることにおいて、
心理学よりも長い伝統を持っています。
その意味で、文学の視線になじむことは、
特に心理臨床において、
ひとりの人間に向き合っていくときに必要な想像力を
育んでくれます。
想像力を、どのような幅で持つことができるか。
それが、心理の実践に関係する人間として、
これから重要になってくるのではないでしょうか。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年11月14日火曜日
【Clip!アカデミー】第61回:問題号「補足:心の未知の側面」
【Clip! アカデミー】 第61回 2006/11/14
第2週 問題号「補足:心の未知の側面」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【それでは問題です。】
【Q1】「語りえないもの」についての問題
【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
【Q3】小説の実践に関する問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
無料心理学メールマガジンです。
■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
※【今回はこちら!】 第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
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1)【前回のまとめ】
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これまで【Clip!アカデミー】では、
心という、あいまいで捉えがたいものを、
心理学の先人たちがどのように捉えようとしてきたのか、
という点から、図式を立ててきました。
今回からは、補足的な捉え方として、
そうした心の未知の側面について、
できる限りの検討をしています。
心の未知の側面というのは、
まだ、心理学において、捉え切れていない領域を指します。
特に、”こころ”を実践的に
捉えようとする試み。
これらは実際には、科学より、
心理学よりも長い長い歴史を持っています。
そして、言葉では「語りえない」部分を
捉えようとしてきたという意味で、
常に科学と対比して語られる点で、
共通しています。
前回のエッセイ号では、
心を実践から捉えようとする分野として、
例えば文学や宗教、芸術の領域を挙げました。
そして、どのように”こころ”の、
特に、言葉では「語りえない」側面と向き合ってきたのか、
という点について、
今までの本メルマガのスタンスから、
補足的な検討を開始しています。
それをまとめたのが、以下の図式になります。
心の実践図(仮)
====================================
●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
====================================
今回問題号では、
「語りえないもの」を巡る3つの問題について、
考えていきましょう。
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2)【それでは問題です】
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【Q1】「語りえないもの」についての問題
「語りえないものについては、沈黙しなければならない」
という命題で有名な哲学者は誰か。
以下の選択肢から適当なものを選びなさい。
=====選択肢======
a. デカルト
b. ソシュール
c. ハイデッガー
d. ヴィトゲンシュタイン
==============
【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
前回エッセイ号で述べた、
”科学は、「言葉にならないもの」を、
仮に語りうるものと見なすところからスタートする”、
ということは、言い換えると、どういうことか。
以下の選択肢から、もっとも適当と思われるものを選びなさい。
=============選択肢===============
a. 科学として物事を捉えるためには
仮説を立てる必要があるということ
b. 反証可能でないものは、科学ではないということ
c. 仮説の正しさを、確率的に割り出そうとするということ
===============================
【Q3】小説の実践に関する問題
以下の引用を読んで、以下の質問に答えなさい。
『社会科の授業で先生が「“昔”とはいつのことでしょう」
という問題を出し、生徒全員に小さな紙に答えを書かせたときのことだ。
集まった紙を先生がバラバラ見ながら、読んでいく。
「10年前、佐藤。100年前、山本さん、(略)」
こんな感じで続いていたのだが、Mさんの答えだけは違っていた。
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」』
『書きあぐねている人のための小説入門』p.10
上記のエピソードついての文章のうち、
著者の意見ではないものは次のうちどれか選びなさい。
=============選択肢=================
a. 日常の中の、こうした些細なエピソードを拾い出すことが、
小説の意味である。
b. Mさんのものは、小説の書き出しとして使える。
c. 「社会科の授業」という枠のなかでものを考えるようになっている
小学4年生が、「昔とはいつ?」と訊かれれば、
10年前とか、100年前と答えるのは当たり前だ。
d. Mさんの答えは、明らかに「異質」で、はっきり言って頭が悪い。
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【次回配信】
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次回 【解説号】… 11月21日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● 絵でわかる現代思想 VALIS DEUX著 2000 日本実業出版社
● 書きあぐねている人のための小説入門 保坂和志著 2003 草思社
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【編集後記】
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今回、心理学をはみ出した、
文学やら、芸術、宗教といったものを扱い出して、
議論がどこに向かっているのか、
不安になっている人もいることでしょう。
キーワードは、実践、ということです。
実践というものは、
研究や理論では、どうしても捉えきれない部分を
持っています。
そして、心理学を語る上で、
これからは臨床心理学という実践の領域を、
ますます無視できなくなっています。
そして、実践の知という意味では、
特に芸術の領域は、
心理学に対して圧倒的な蓄積を持っています。
心理療法も、芸術に多くの恩恵を受けていることは、
関心のある方なら、ご存知のことと思います。
つまり、今回の検討は、
主に、そうした実践にまつわる部分を考えていく、
という意味で、一番面白い部分だともいえるでしょう。
もうしばらく、お付き合いを願います。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
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※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年11月7日火曜日
【Clip! アカデミー】第60回:新章突入!エッセイ号「補足:心の未知の側面」
【Clip! アカデミー】 第60回 2006/11/7
第1週 エッセイ号「補足:心の未知の側面」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【“こころ”を捉えるための努力】
3)【心の未知の側面】
4)【小説家の実践】
5)【「語りえないもの」との向き合い方】
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
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第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
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■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
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【Clip!アカデミー勉強会のお知らせ】
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【Clip!アカデミー】では、
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心理学史や研究法など、
心理学の基礎的な文献を読みながら、
重要なトピックについてディスカッションするものです。
もしかしたら、それを元に、
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もちろん、ディスカッション上の
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前提ですが、Clip!アカデミー事務局までご連絡下さい。
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※ 応募者多数の場合、1回のディスカッションに、
多くの方に参加してもらうことは難しいかもしれません。
もし参加希望の方がいらっしゃれば、
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1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ひとつの図式では捉えることの難しい“こころ”
というものを、あるひとつの図式を使って便宜的に捉え検討する。
そして、その限界や矛盾から、
新しい図式を使って新しい側面を捉えようとする。
その繰り返しが、これまで行ってきた
【Clip!アカデミー】での心理学学習のサイクルでした。
これまで取り上げてきた“こころ”の側面を
大きく分けると、
●実体的側面…心の構造図、心の過程図
●概念的側面…心の歴史図、心の研究法図
●関係的側面…心の対象図、心の関係図
●物語的側面…心の物語図
のように分けられます。
教科書に書かれている心理学の区分とは、
かなり違いますね。
教科書における心理学の区分というものは、
出来る限りすっきりと全体を分割することを
目的としているといえます。
なぜなら教科書の役割は、
心理学の各領域をできるかぎり網羅することだからですね。
【Clip!アカデミー】との違いがどこか分かるでしょうか。
本メルマガでは、
“こころ”全体を、なるべく全体のままに
論じようとしている点です。
「図式」というのは、
“こころ”をある視点から眺めたときに見える、
全体図のことなのですね。
その点で、はじめから、
「網羅」という教科書的な機能は指向していません。
必ずしも成功しているとはいえない点も見られますが、
教科書とは異なる立場から、
皆さんの勉強を補完することができればと考えています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【“こころ”を捉えるための努力】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
これまで【Clip!アカデミー】では、
心という、あいまいで捉えがたいものを、
心理学の先人たちがどのように捉えようとしてきたのか、
という点から、図式を立ててきました。
しかし、心の物語図のあたりから、
そろそろ、その領域の限界まで来てしまったような気がします。
ここから先は、心理学にとっては、
まだまだハッキリしない領域。
その意味では、
ここから先は、まだ心理学とはいえません。
とはいえ、人間の“こころ”を捉えようという努力は、
実際には有史以前から連綿と行われてきたものです。
心理学はまだまだ、“こころ”を捉えようとする
人間の努力の中では、新参者なのです。
はみ出してしまった以上、
心理学エッセイとしてのClip!アカデミーも、
一段落を迎えるときが近づいてきたということになります。
その前に、今回からは、補足的な捉え方として、
そうした心の未知の側面について、
できる限りの検討をしていきたいと思います。
3)【心の未知の側面】
前回までのClip!アカデミーでは、
心の物語的側面を検討してきました。
しかし、なぜ物語が、
“こころ”の重要な側面を、捉えているといえるのでしょうか。
物語が、科学の言葉と異なる側面を、
なぜ捉えることが出来るのでしょうか。
それは、物語が、科学の言葉と違って、
「語りえない」ものに直接触れさせてくれるからです。
この、「直接触れさせてくれる」という部分が、
科学のように、一度対象を客観的に把握しようとする態度と、
大きく違います。
主観的な把握は、すべて実践に基づいています。
心理学が学問であるがゆえに把握し切れていない、
実践に基づいた、経験的にだけ把握できる心の側面。
それをここでは、心の未知の側面として、
検討していくことにしましょう。
しかし、心の未知の側面を検討するには、
注意が必要です。
これまでのように、
心理学という枠組みの中で、
明確な土台を意識しながら議論をすることが出来ません。
心理学という枠組みの外側の輪郭をなぞりながら、
「語りえないもの」を捉えようとするほかの努力のあり方と比較し、
つかず離れずに進んでいかなければなりません。
まずは、心の物語図でも取り上げた、
科学と物語における、「語りえないもの」の捉え方の違いを、
比較するところから始めましょう。
4)【小説家の実践】
これまで、我々は、科学ないし、学問の
範疇だけで、議論をしてきました。
物語を取り上げたといっても、
それはあくまで、心理学や言語学、哲学における
物語論の所産であって、実際の物語について
検討したことはありませんでした。
そこで、ここでは、実際の作家においで願って、
物語について語ってもらうことにしましょう。
作家の保坂和志は、小説の定義を、
「小説とは小説家の中にあるイメージというか何か言葉にならないものを、
人物の動きや情景や出来事の連鎖によって読者の中に作り出そうとする
表現行為のことだ。だから小説は言葉によって書かれているのではあるけれど、
音楽や絵画と同じように、言葉によっては再現することができない。」
(「小説の誕生」p.57)
と述べています。
つまり、小説においては、
「言葉にならないもの」を、
そもそも言葉で再現できるとは考えていないのです。
我々が、「言葉にならない」“こころ”というものを、
手を代え品を代え、
様々な仮説=図式でもって語ろうとしてきたのとは、
大きな違いですね。
つまり、
● 物語は、「言葉にならないもの」を、
言葉で直接表現できない、という前提に立ちます。
そして、言葉を人物や情景や出来事の代わりに使って、
それを間接的に匂わせ、体験させようとするといえるでしょう。
だからこそ、小説が本当に表現しようとしているものは、
絵画や音楽と同じく、言葉で直接再現することができないのです。
小説の中の文章は、
「言葉にならないもの」を伝えるための、
単なる道具にすぎないからです。
一方、
● 科学は、「言葉にならないもの」を、
仮に語りうるものと見なすところからスタートする、
ということができるでしょう。
そのためには、「どこなら言葉にできるか?」
ということを、徹底的に追求していきます。
そうして、対象を「言葉にできるところ」と
「言葉にできないところ」に分け、
後者はとりあえず脇に置いておくのです。
「言葉にならないもの」は、
科学においては、研究によってフォローできない“余り”であり、
物語においては、どれ、と指し示すことのできない“すべて”である、
ということもできそうです。
5)【「語りえないもの」との向き合い方】
これまでの、科学と物語においての、
「語りえないもの」との向き合い方を、
図式にすると、以下のようになるでしょうか。
●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
このような形式で、
ほかにもいくつかの実践を、図式に表してみると、
以下のようになりました。
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
ほかには、たとえば、
●人間 →「語りえないもの」を「語らないまま生きる」?
こんなことも言えそうです。
次回エッセイ号では、この図式を、心の実践図として、
もう少し詳細に検討していきましょう。
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【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【問題号】… 11月13日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● 小説の誕生 保坂和志 2006 新潮社
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
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ここまで続いてきたClip!アカデミーも、
ついに60回を迎えました。
心理学の全体像を、
様々な角度から取り上げてきた本メルマガですが、
ようやく、理論を越えて、実践について
論じるところまできました。
ただ、実践というのは、
理論ほど論じやすいものではないし、
それこそ「言葉にできない」部分が多いものです。
だから、心理学の枠組みを、
一度出てしまうことで、
「心理学のメルマガで、なんで小説?」
と思われる方がいるかもしれません。
逆に、「今までだって、
散々哲学やら文化人類学やら
いってきたじゃないか、今更だな」
と思う人もいるかもしれません。
どこが違うかというと、
今までは、あくまで
学問のなかでの移動だったわけです。
「学問」という共通のフォーマットを持つプログラム間
での移動というか。
その中では、物語といっても、正確には「物語論」、
宗教という場合、「文化人類学」の先行研究から
議論しているわけですね。
今回は、「文学」とか「芸術」とか、
生の実践にも触れていきたいと思っています。
なぜかというと、
心理臨床の実践もまた、理論を越えた、
ナマモノだと思うからです。
ですから、みなさん、もう少しお付き合いください。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年10月24日火曜日
【Clip!アカデミー】第59回:解説号「心の物語図の未来」
【Clip! アカデミー】 第59回 2006/10/24
第3週 解説号「心の物語図の未来」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
【弊社スタッフ竹内が、読売ファミリーに取材を受けました。】
1)【前回のまとめ】
2)【それでは問題です】
【Q1】世界仮説に関する問題
【Q2】様々な質的研究法についての問題
【Q3】ナラティブモードについての問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
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○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
無料心理学メールマガジンです。
■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
※【今回はこちら!】 第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
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【弊社スタッフ竹内が、読売ファミリーに取材を受けました。】
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「読売ファミリー」2006年9月27日号に、
竹内が臨床心理士としてコメントを提供しています。
竹内は【Clip!アカデミー】の執筆責任者であり、
【Clip!アカデミー】の質の高さが、メディアから注目された結果
今回の新聞掲載となりました。
紙面では「ホメ上手大人の心得」のテーマで、
上手なほめ方について
心理学的な観点からコメントを行いました。
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【Clip!アカデミー】では、
これからも心理学を学ぶ皆さんを応援していきます。
今後とも臨床心理士指定大学院受験講座を
よろしくお願いいたします。
Clip!アカデミー事務局
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
心の物語図を巡る検討も、
今回で最後になります。
前回のエッセイ号では、
これまでの議論を受けて、”こころ”を物語として捉えることの、
限界と課題について検討しました。
●心の物語図(仮)
===========================
それまでの理屈では説明ができず、納得ができない“何か”
↓
物語的ロジック
↓
物語による理解
===========================
●心の物語図2(仮)
==========================
それまでの理屈で説明できない“何か”=“こころ”
↓
科学的ロジック/物語的ロジック
↓
物語としての“こころ”=心理学理論
==========================
ナラティブとして世界を捉える捉え方として、
質的研究法を考えたとき、
臨床心理学と事例研究が抱えている課題は、
ナラティブ・モードの抱えている限界と、
つながっているようです。
個々の事例研究は勉強になるものが多くとも、
全体の枠組みとして、
臨床心理学全体を発展させる仕組みとしての、
弱さを、どう乗り越えていくのかが、
これからの課題になるのではないでしょうか。
このような関心から検討してきた
心の物語的側面ですが、
解説号で最後のまとめをしていきたいと思います。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【それでは問題です。】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Q1】世界仮説に関する問題
科学哲学者のペパーは、我々が、
世界観を周囲にあるものから比喩的に構成しようとする傾向を指して、
ルートメタファーという概念を提唱している。
なかでも、科学が現象を捉えるのに用いる4つの世界仮説を挙げている。
ナラティブ・アプローチが前提とする世界仮説として、
最も適当なのはA)~D)のうちどれか。
以下の選択肢から選びなさい。
====選択肢=====
a. フォーミズム
b. 機械論
c. 有機体説
d. 文脈主義
============
正解は、 【 d. 】
人間は、自分の世界観を構成するために、
自分の身近な事物や現象を比喩として使う傾向がある。
ここでいう「比喩」のことを、
ルートメタファと呼びます。
例えば「徒然草」に出てくる「木登りの達人」は、
木登りだけをしてきたにもかかわらず、
人生を木登りに例えて、奥深い考えを披露しています。
ペパーが科学や哲学から抽出したルートメタファが、
類似性、機械、有機体、文脈の4つです。
初期の行動主義は、
人間を機械として考えるところからスタートしていますし、
発達段階論は、受精卵から成体に至る、
有機体の発達の段階を比喩的に用いています。
フォーミズムの例として挙げられるのは、
ヴントの要素主義です。
ナラティブ・アプローチは、
文脈主義の立場に立っているといえます。
人間が、世界について考えるために適当な比喩を
必要とする、という考え方自体、
そもそもブルーナーのナラティブ・モードという
捉え方に似ています。
【Q2】様々な質的研究法についての問題
様々な学問領域において、
それぞれに特徴的な質的研究が考案されている。
以下の選択肢の中から、
特に看護学の研究から出てきた手法を選びなさい。
=====選択肢======
a.グラウンデッド・セオリー
b.事例研究
c.フィールドワーク
==============
正解は、 【 a. 】
研究法は、常に何を捉えるために作られた方法か、
を念頭においておく必要がある。
質的研究が盛んな領域は、もともと量的研究を適用しづらく、
適用しても、現場の実感から乖離した理論しか作り得ない
ところです。
その実態を憂えた研究者達が、
なんとか自分たちの専門領域に、
現場との乖離が少ない理論をもたらそうと
悪戦苦闘した結果から生まれてきました。
質的データを分析し、解釈するため、
様々な理論や手続きが必要となりました。
統制された実験という、シンプルな道具によって、
実験データのみから仮説を実証していこうとする量的研究に対して、
複雑な手続きや道具を使って、
膨大な質的データの中に意味を見いだそうとするのです。
ここに、量的研究とはまた違った苦労があるといえます。
苦労の結果が研究法にも反映するわけで、
例えば「グラウンデッド・セオリー」という名前からは、
文字通り「地を這うようにして」ひたすら丹念にデータを拾い集め、
付き合わせながら理論を構成していく、という、
なんとも気の長い地道な作業が見て取れます。
このような作業を通じて、
なんとか研究の妥当性や信頼性を獲得しようとする努力には、
並々ならぬものがあるといえましょう。
ただし、研究法が一度確立してしまうと、
皇族はその名前だけ借りて、「○○分析をした」で安心してしまう
ところがあります。
質的研究を利用するならば、
まずはその研究法が確立した学問領域において、
なぜそのような研究法が必要とされたのかという成立背景、
現場や研究者たちの思いを、
押さえたいところです。
彼らは、なんとかして捉えたい対象があったからこそ、
そのための道具を考案したのですから。
【Q3】ナラティブモードについての問題
J・ブルーナーが取り上げている、
論理-実証モード(paradigmatic mode)、
物語モード(narrative mode)
の認知作用について、以下の表を埋めなさい。
| 論理-実証モード | 物語モード
――――――――――――――――――――――――――
目的 | (1) | (2)
――――――――――――――――――――――――――
評価基準| 妥当性・正確さ | 迫真性
――――――――――――――――――――――――――
結果 | (3) | (4)
――――――――――――――――――――――――――
A 説明 B 真実味 C 普遍的真理 D 理解
======選択肢=====
1) 2) 3) 4)
a. A C B D
b. A D C B
c. B A C D
d. D A C B
==============
正解は、 【 b. 】
ブルーナーは、
社会心理学、発達・教育の分野に置いて大きな成果をあげ、
晩年になってナラティブに深い関心を寄せました。
それまで注力してきた科学的方法論とは異なる形で、
世界を捉える方法として期待したのでしょう。
パラディグマティック・モードと、ナラティブ・モードの区別は、
現在の質的研究において、
重要な理論的根拠として盛んに参照されています。
医学や心理臨床でもそうですが、
エビデンス(科学的根拠)に基づかない実践は、
どうしてもマンパワーに頼らざるを得ず、
どうしても理論化が遅れたり、
努力が正当に評価されにくかったりすることも多いのです。
そうした実践を、
ナラティブに基づく実践と位置づけ、
エビデンスに基づく実践と同じように研究可能であり、
その価値があるものとして認めるための根拠を提示したことは、
ブルーナーの大きな業績であるといえるでしょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
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次回 【エッセイ号】… 11月7日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● 比喩から学ぶ心理学 2004 田邊敏明 北大路出版
● 現代心理学〈理論〉事典 2001 中島義明 編 朝倉書店
● 可能世界の心理 ジェローム・S・ブルーナー著 田中一彦訳
1998 みすず書房
● 質的心理学-創造的に活用するコツ 無藤隆・やまだようこ・南博文
・麻生武・サトウタツヤ編著 2004 新曜社
● 現場心理学の発想 伊藤 哲司・下山 晴彦・佐藤 達哉・奈須 正裕
1997 新曜社
● 人生を物語る-生成のライフヒストリー- やまだようこ 編 2000
ミネルヴァ書房
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
心の構造図からはじめた
”こころ”の様々な側面の検討ですが、
心の物語図でひと段落という感があります。
ここから先、
”こころ”をどのように捉える射程がありうるのか、
次回からの新しい章で考えていきましょう。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年10月17日火曜日
【Clip!アカデミー】第58回:問題号「心の物語図の未来」
【Clip! アカデミー】 第58回 2006/10/17
第2週 問題号「心の物語図の未来」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
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◆目次◆
【弊社スタッフ竹内が、読売ファミリーに取材を受けました。】
1)【前回のまとめ】
2)【それでは問題です】
【Q1】世界仮説に関する問題
【Q2】様々な質的研究法についての問題
【Q3】ナラティブモードについての問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
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○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
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■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
※【今回はこちら!】 第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
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【弊社スタッフ竹内が、読売ファミリーに取材を受けました。】
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Clip!アカデミー事務局
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
心の物語図を巡る検討も、
いよいよあと少しとなりました。
前回のエッセイ号では、
これまでの議論を受けて、”こころ”を物語として捉えることの、
限界と課題について検討しました。
●心の物語図(仮)
===========================
それまでの理屈では説明ができず、納得ができない“何か”
↓
物語的ロジック
↓
物語による理解
===========================
●心の物語図2(仮)
==========================
それまでの理屈で説明できない“何か”=“こころ”
↓
科学的ロジック/物語的ロジック
↓
物語としての“こころ”=心理学理論
==========================
ナラティブとして世界を捉える捉え方として、
質的研究法を考えたとき、
臨床心理学と事例研究が抱えている課題は、
ナラティブ・モードの抱えている限界と、
つながっているようです。
個々の事例研究は勉強になるものが多くとも、
全体の枠組みとして、
臨床心理学全体を発展させる仕組みとしての、
弱さを、どう乗り越えていくのかが、
これからの課題になるのではないでしょうか。
今回も、前回エッセイ号の内容を踏まえた、
おさらいの問題です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【それでは問題です。】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Q1】世界仮説に関する問題
科学哲学者のペパーは、我々が、
世界観を周囲にあるものから比喩的に構成しようとする傾向を指して、
ルートメタファーという概念を提唱している。
なかでも、科学が現象を捉えるのに用いる4つの世界仮説を挙げている。
ナラティブ・アプローチが前提とする世界仮説として、
最も適当なのはA)~D)のうちどれか。
以下の選択肢から選びなさい。
====選択肢=====
a. フォーミズム
b. 機械論
c. 有機体説
d. 文脈主義
============
【Q2】様々な質的研究法についての問題
様々な学問領域において、
それぞれに特徴的な質的研究が考案されている。
以下の選択肢の中から、
特に看護学の研究から出てきた手法を選びなさい。
=====選択肢======
a.グラウンデッド・セオリー
b.事例研究
c.フィールドワーク
==============
【Q3】ナラティブモードについての問題
J・ブルーナーが取り上げている、
論理-実証モード(paradigmatic mode)、
物語モード(narrative mode)
の認知作用について、以下の表を埋めなさい。
| 論理-実証モード | 物語モード
――――――――――――――――――――――――――
目的 | (1) | (2)
――――――――――――――――――――――――――
評価基準| 妥当性・正確さ | 迫真性
――――――――――――――――――――――――――
結果 | (3) | (4)
――――――――――――――――――――――――――
A 説明 B 真実味 C 普遍的真理 D 理解
======選択肢=====
1) 2) 3) 4)
a. A C B D
b. A D C B
c. B A C D
d. D A C B
==============
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【解説号】… 10月24日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
● 比喩から学ぶ心理学 2004 田邊敏明 北大路出版
● 現代心理学〈理論〉事典 2001 中島義明 編 朝倉書店
● 可能世界の心理 ジェローム・S・ブルーナー著 田中一彦訳
1998 みすず書房
● 質的心理学-創造的に活用するコツ 無藤隆・やまだようこ・南博文
・麻生武・サトウタツヤ編著 2004 新曜社
● 現場心理学の発想 伊藤 哲司・下山 晴彦・佐藤 達哉・奈須 正裕
1997 新曜社
● 人生を物語る-生成のライフヒストリー- やまだようこ 編 2000
ミネルヴァ書房
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ペパーの世界仮説の話は、
実はClip!アカデミーの初めの方で
一度触れているのです。
今回は、”こころ”についての様々な
捉え方を見てきたあとで、
もう一度ここに戻ってきました。
実際、受験勉強にはほとんど無用の知識であり、
臨床心理学専攻の受験生・大学院生で
この概念を知っている人は、
おそらくclip!アカデミーを読んでいる、
皆さんくらいではないでしょうか。
ルートメタファとは、
文字通り、科学や哲学が、
世界をどのような捉え方で見ることから、
学問を立ち上げているか、
という根本の部分に関わっています。
根本を押さえておく事で、
その上に載っている知識を位置づけることは、
容易になると思います。
学部や大学院でも、
もう少し科学論、心理学論について
学生に伝えた方がいいのではないでしょうか。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
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無断転載・転用を禁止します。
2006年10月10日火曜日
【Clip!アカデミー】第57回:エッセイ号「心の物語図の未来」
【Clip! アカデミー】 第57回 2006/10/10
第1週 エッセイ号「心の物語図の未来」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
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◆目次◆
【弊社スタッフ竹内が、読売ファミリーに取材を受けました。】
1)【前回のまとめ】
2)【Clip!アカデミーの物語】
3)【語ることの中から意味が生まれる】
4)【ナラティブの適格性】
5)【臨床心理学と質的研究】
6)【評価の基準をどう考えるか】
7)【淘汰の仕組みを考えてみる】
8)【語りえないことをどう伝えるか】
9)【さいごに】
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
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1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
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■ 基本サイクル ■
※【今回はこちら!】 第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
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今回の新聞掲載となりました。
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【Clip!アカデミー】では、
これからも心理学を学ぶ皆さんを応援していきます。
今後とも臨床心理士指定大学院受験講座を
よろしくお願いいたします。
Clip!アカデミー事務局
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
我々が今までに検討してきた、“こころ”なるものを捉えるための、
心理学における様々なアプローチ。
たとえば、「心とは関係性だ」といった捉え方を
「心をめぐる物語」とみなす試みが、
心の物語的側面=物語としての心を検討する、
第51回からのClip!アカデミーでした。
●心の物語図(仮)
===========================
それまでの理屈では説明ができず、納得ができない“何か”
↓
物語的ロジック
↓
物語による理解
===========================
ここでは、
神話からニュース報道まで、
我々は、既存の理屈、ないし、科学的説明では
納得できない”何か”についての問いを、
物語という形式を通して語ることで、
科学的な説明とは異なる形で理解してきたことを、
「なぜ心理学を学ぶのか」という問いを通して
検討していきました。
また後半では、心理学理論自体が、
論理-実証的な認知作用において
構築されたものであると共に、
物語的な認知作用によって、
単なる理屈では説明できない”こころ”を、
我々に納得させるものである、
という結論に到達しました。
これまで、我々が心理学において論じ、
検討してきた”こころ”なるものも、
我々が様々な”何か”を納得するために作り出した、
物語(ナラティブ)のひとつであるということができるでしょう。
●心の物語図2(仮)
==========================
それまでの理屈で説明できない“何か”=“こころ”
↓
科学的ロジック/物語的ロジック
↓
物語としての“こころ”=心理学理論
==========================
その意味で、
Clip!アカデミー自体が、
心理学のあり方に関する、ひとつの物語を作る試み
であるといえます。
映画や舞台などでは、
よく製作現場の裏側を取材し、
そこに「秘められた物語」をあぶりだす試みがなされます。
ここからは、Clip!アカデミーの製作秘話を、
もうひとつの物語として皆さんに語りなおすところから、
心の物語的側面についての、最後の検討をしていきましょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【Clip!アカデミーの物語】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Clip!アカデミーは、
“こころ”なるあいまいな対象を、
「心とは、脳内の神経活動だ」というように、
ひとつの定義で断定してしまうことへの違和感、
あるいは、そうした“こころ”そのものの捉え方自体について、
ほとんど考えないままに、
“こころ”の全体像、心理学の全体像を解説することへの違和感から
始まりました。
その思いは、心理学全体について記述され、
入門者が最初に目にすることになる教科書である、
心理学の概論書、参考書に対する思いから出てきたものです。
概論書、参考書を読んでも面白くない、
個々の概念を暗記していっても、勉強が楽しくなりません。
教科書は、これから勉強を始めようという人が、
始めて触れるものです。
心理学を通すことで見えてくる世界を生き生きとイメージさせ、
“こころ”を研究し、それを知りたい、
という知的興奮に結び付けていくことも、
その大事な仕事のはずです。
これは、本来なら教科書を解説する、
教員の役目です。
しかし、読者層の過半数として想定している、
大学院受験者の方々は、
独学で勉強している人たちが多い。
そこで、
本メルマガでは、
個々の概念の細部を正確に解説する、
という教科書的スタンスは、「問題号」「解説号」でフォローし、
代わりに「エッセイ号」では、
心理学が“こころ”を捉えようとする試み、
心理学“全体”のイメージを、立体的に伝えようとする努力をしてきました。
すなわち、論理-実証モードで書かれていた従来の教科書の欠点を補う、
物語モードからの心理学学習を目指したのが、【Clip!アカデミー】
だったといえるでしょう。
常に、その場で考えながら、
「ひとつの仮説から全体を検討し」「仮説の限界から、新しい仮説を立てる」
という戦略によって、
それ自体が、常に“こころ”を何かに同定する事を避け、
同一性を避けて、異なる可能性へとスライドしていく、
というClip!アカデミーの方法論も、
「同一性を破り」「差異を導入する」物語モードの認知作用そのもの
といえるかもしれません。
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3)【語ることの中から意味が生まれる】
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しかし、こうした話は、
すべて後から振り返ってみると、
という後付の理屈であり、
企画段階でここまで明確に考えていたわけではありません。
ここで注目してほしいのは、
こういった「説明」自体が、
Clip!アカデミーについて語りなおす、という試み自体から
生じてきた物語だということです。
そして、語りなおすという行為から、
「意味」が生まれてきます。
それは、なぜこのようなメルマガを書くのか?
という問いに対する答えです。
他者に向けて、ひとつの物語として語っていく中で、
●「自分(たち)がしてきたことの意味は、
こういうことだったのだ」
という意味の再確認をすることができるのです。
そして、その「意味」は、
実は企画開始当時から存在していたとはいえ、
この1年半に渡る連載の中で明確になり、
ここに至って、Clip!アカデミーの物語として構成されてきたものなのです。
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4)【ナラティブの適格性】
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【Clip!アカデミー】の物語を語ることを通して、
ナラティブの意味について確認してきました。
しかし、この物語ははたして、
皆さんにとっても「意味」を持ちえるでしょうか?
もちろん、書き手は読み手に何かを伝えたいがために、
こうして文章を書くわけですが、
何が伝わるのかは、半分は読み手にゆだねられています。
つまり、物語の評価というものは、
受け手が10人いれば10通りあるもので、
量的研究のように、ある程度フェアな評価の基準が
ないということができます。
これは、物語的な側面から、
心理学について接近しようと試みる質的研究において、
特に重要な問題を提起するのではないかと思われます。
そこで、今度は議論の方向を変えて、
物語モードにおける認知作用を、
心理学研究に持ち込もうとする際の、
現時点での疑問について検討していきましょう。
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5)【臨床心理学と質的研究】
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ナラティブが伝えようとするのは、
生きている人間の持つリアリティであり、
人々が生きて行ったことの中で、
論理的に説明できない部分の意味だといえます。
その意味で、臨床心理学において、
”こころ”の捉え方として、
物語的な側面が重視されるのは、
当然のことといえるでしょう。
質的研究、それも、
研究者が体験した事例について検証する事例研究であれば、
量的研究のように、現場の繊細な手触りが、
切り落とされてしまうことはないはずです。
しかし、
医者を含めて、
すぐれた実践家ほど、
論文を書くのが苦手だといわれる現実があります。
それに、事例研究が盛んに行われているにもかかわらず、
いつまでたっても各流派がバラバラで、
心理療法や臨床実践についての、
一般理論が現れてくる気配がないのはなぜでしょうか。
このことに、質的研究をどのような基準で評価するか、
という問題が、密接に絡み合っているように思われます。
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6)【評価の基準をどう考えるか】
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これら2つの問いへの答えには、
ナラティブというものの性質が、
深く関与しているように思われます。
例えば、先ほど述べたように、
質的研究は、評価基準があいまいにならざるをえない
という側面があります。
量的研究が、その評価基準を、
妥当性や信頼性に置くのに対して、
質的研究では、研究対象に対して構成された仮説やモデル
(=ナラティブ)の「迫真性」が基準となります。
つまり、研究にどれだけリアリティがあるか、
説得力があるか、が重要になってくるわけです。
仮説生成のためのグラウンデッドセオリーや、
心理療法における各種理論を用いても、
質的研究の持っている、
その「迫真性」への指向性自体が、
比較し、評価し、位置づけるという、
学問の体系化や蓄積のプロセスになじまない。
そもそも、ひとつの絶対評価軸によって、
すべてを並べられうる、
というような考え方自体を嫌がるのが質的研究ですから、
もともと、評価の仕様がないともいえます。
これが、文学やメディア、個々人の話し、
であれば、そこには別種の厳しい淘汰が働いています。
心を動かされず、
面白くもない物語はすぐに消えていき、
結果的に残るのは、
真に物語としての「迫真性」「真実味」を
備えたものだけだからです。
しかし、質的研究は、物語ではなく、
論文として我々の手に届きます。
しかし、学問の世界では、比較や評価がしにくければ、
淘汰も有効に機能しないわけで、
たとえば事例研究であれば、
結局、これまで無数の事例研究が行われながら、
研究の積み重ねが臨床心理学全体を先に進める牽引力にならない、
ひとつの理由になっているように思われます。
言い換えると、
個々に読んでいく中で参考になる研究や知見はあっても、
これから先、事例の積み重ねによって、
臨床心理学自体がどう発展していくのか、
というイメージがもてなせん。
そもそも、事例研究においては、
理論からの引用は盛んにされていても、
事例研究同士の引用はほとんど見かけません。
量的研究が、引用によって先行研究に、
新しい知見を結びつけることで、どんなに小さくても、
学問全体に寄与しているのに対し、
質的研究、とくに事例研究においては、
様々な理由から、この機能が働きにくいようです。
実践からすれば、個々の事例から学べればそれでいい、
とする立場もあるでしょう。
しかし、臨床心理学が、
独自の方法論をもった学問たろうとするならば、
そうはいっていられないはずです。
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7)【淘汰の仕組みを考えてみる】
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この状況が変わるとすれば、
何が必要なのか。
極端に考えてみると、
例えば、事例研究が中途半端に論文たろうとする
事をやめたなら、新しいことが起こるのではないか、
という予感がします。
量的研究のように、
1つの研究を全体に寄与するブロックのひとつとしてとらえるのを、
やめてしまうということです。
そもそも、
質的研究が、ある現象について、
物語モードによる把握を行おうとする方法だとするならば、
その結果生じるのは、論文ではなく、物語のはずではないか。
もし、物語だと言い切ってしまうならば、
評価基準は、その物語が、いかに読者の心を動かすか、
という点のみになり、あいまいではあっても、
シンプルでフェアになります。
そうであれば、
よい事例研究は、識者の判断よりも、
読者がそこから学び取れるものの多さ、
あるいは、その研究を読むことで受ける影響の大きさから、
評価されることになるかもしれません。
これは、量的研究の、
その研究が、先行研究や理論の証明に、
どれだけ寄与したか、という基準とは、
かなり異なります。
現時点ではかなり極端な意見ですが、
個々の臨床家が、個々のの事例研究に対して、
「役に立つか立たないか」といった主観的な評価を行い、
それをシステマティックに蓄積していく仕組みが作れれば、
量的研究とは別の形で、
臨床の知を体系化していくことが可能かもしれません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
8)【語りえないことをどう伝えるか】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
しかし、心理療法において、
内容以上に伝え方が重要なことは、
現場の臨床家は誰もが承知しているはずなのに、
事例研究において「伝え方」には
ほとんど注意が払われないのはなぜなのでしょう。
本来、事例研究の担っている機能は、
事例を通して得た知見を、
みんなで共有するというもののはずです。
ただし、ここでいう知見とは、
単に「A=B」という証明ではなく、
人間や人生の複雑なディテールに深く関わっています。
つまり、共有するに足る知見とは、
もともと言葉で表現することが難しい領域にある知見なのです。
質的研究は、
こうした語りえないものを語ろうとする
物語の性質を熟知し、そうした前提の下に、
現場や人間のリアリティを捉えようとしているはずなのに、
実際の研究や論文様式においては、
この「伝えることの難しさ」に、
あまりに無自覚であるように見えます。
そして、現在の事例研究が持っている構造が、
現場における事例の持っているリアリティや意味を、
損なってしまうものだからこそ、
有能な臨床家ほど、論文を書かなくなってしまうのではないか。
このジレンマは、事例研究だけでなく、
質的研究そのものに言えることのように思います。
だからこそ、
現場での体験が、どのように伝えれば読者に伝わるのか、
という工夫が自覚的に行われ、
一般化していったとしたら、
そこから、逆に新しい事例研究の様式
が立ち上がっていくかもしれません。
そうなれば、個々の事例が、
臨床心理学全体を前に推し進め、
臨床心理学に携わる人たちすべての
共有財産になっていくのではないでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
9)【さいごに】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今回のエッセイ号は、
物語図を扱う最後の号であるため、
ナラティブの限界や疑問点について、
検討してきました。
しかし、ナラティブ自体には、
大きな可能性があるのも、また事実です。
簡単にまとめるならば、
「ナラティブとは、
“親が子どもの名前にこめる思い”だ」
といっても良いのではないかと思います。
親が子どもに名前をつけるとき、
そこには必ずなにかしらの物語があります。
花のような子になって欲しい、と「花子」とつけるとか。
例え、三男だから「三郎」なのであったとしても、
そこには、その人を世界に結びつける物語が存在しています。
それは、論理では説明がつかないたぐいのものです。
「なぜ花子なのか」という問いは、
実証的にはそれこそ「語りえない」事柄です。
論理-実証モードによって形作られ、
動かされる社会になっても、物語がなくなることはないのは、
それが、人間の「思い」だからです。
臨床心理学が、
これからその存在感を確かなものにできるかどうかは、
こうした「思い」を、
どれだけ確かに論理一辺倒の社会システムの中に、
持ち込んでいけるかどうかにも、
かかっているように思えます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【問題号】… 10月17日(火)にお送りする予定です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
● 可能世界の心理 ジェローム・S・ブルーナー著 田中一彦訳
1998 みすず書房
● 質的心理学-創造的に活用するコツ 無藤隆・やまだようこ・南博文
・麻生武・サトウタツヤ編著 2004 新曜社
● 現場心理学の発想 伊藤 哲司・下山 晴彦・佐藤 達哉・奈須 正裕
1997 新曜社
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この部分は、楽しんで議論し、
楽しみながら書きました。
毎回、各図式の3回目のエッセイ号では、
それまで立ててきた図式を、
相対化するための反論や議論を検討しています。
そのため、だいぶラディカルな主張をしているので、
初学者の方々は、
これを主流の考え方だと思わないようにしてください。
これも、メールマガジンだからこそ
書けるたぐいの文章なのです。
あとは、皆さんが自分で文献を読み、
様々な主張を知って、ご自分で判断して欲しいと思います。
====================================================================
送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年9月26日火曜日
【Clip!アカデミー】第56回:解説号「心の物語図の中身」
【Clip! アカデミー】 第56回 2006/9/26
第3週 解説号「心の物語図の中身」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【問題の解説】
【Q1】 アイデンティティに関する問題
【Q2】 ナラティブとサイコセラピーに関する問題
【Q3】 ナラティブターンと質的研究に関する問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
無料心理学メールマガジンです。
■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
※【今回はこちら!】 第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前回エッセイ号では、
”こころ”を物語的な側面から捉える試みを、
以下のような図式としてまとめていきました。
●心の物語図(仮)
===========================
それまでの理屈では説明ができず、納得ができない“何か”
↓
物語的ロジック
↓
物語による理解
===========================
ここでは、
神話からニュース報道まで、
我々は、既存の理屈、ないし、科学的説明では
納得できない”何か”についての問いを、
物語という形式を通して語ることで、
科学的な説明とは異なる形で理解してきたことを、
「なぜ心理学を学ぶのか」という問いを通して
検討していきました。
また後半では、心理学理論自体が、
論理実証的な認知作用において
構築されたものであると共に、
物語的な認知作用によって、
単なる理屈では説明できない”こころ”を、
我々に納得させるものである、
という結論に到達しました。
これまで、我々が心理学において論じ、
検討してきた”こころ”なるものも、
我々が様々な”何か”を納得するために作り出した、
物語(ナラティブ)のひとつであるということができるでしょう。
●心の物語図2(仮)
==========================
それまでの理屈で説明できない“何か”=“こころ”
↓
科学的ロジック/物語的ロジック
↓
物語としての“こころ”=心理学理論
==========================
今回、問題号の解説では、
エッセイ号でフォローし切れなかった細部について、
補足していきましょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【問題の解説】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Q1】 アイデンティティに関する問題
アイデンティティ研究に関係のない人は以下のうち誰か。
次の選択肢のうち、もっとも適当なものを選びなさい。
====選択肢=====
a. M・エリクソン
b. マーシャ
c. ゴフマン
d. ガーゲン
============
正解は、 【 a. 】
…当然、アイデンティティ研究で忘れてはならないのは、
催眠療法に画期的な変化をもたらし、短期療法を始め、
様々な心理療法の源流となる臨床実践を行った、
Milton.H.Ericksonではなく、精神分析学者Erik.H.Eriksonの方です。
カタカナ表記ではどちらもエリクソンですが、
英語表記では、つづりが違うのに注意。
マーシャは、
「同一性 vs 拡散」という青年期の発達課題に対して、
個人のアイデンティティの状態を、
「達成型」「早期完了型」「モラトリアム型」「拡散型」の、
4つのアイデンティティ・ステイタスに
分類したことで知られています。
社会構築主義者として知られるガーゲンは、
自己物語という視点から、
アイデンティティについて触れています。
E・H・エリクソンの発達段階説は、
心理―社会的発達段階と呼ばれていますが、
臨床心理学は個人に向いているため、
アイデンティティというテーマも、
青年危機期や、個人の自我アイデンティティの
レベルで論じられることが多いようです。
しかし、アイデンティティは、
もともと社会の中で、マイノリティ(少数派)として
生きる場合においてこそ、
もっとも重要な問題として立ち現れてくるものです。
マジョリティ(多数派)は、
自己を明確に規定しなくても生きていけるからです。
エリクソンが分析の対象とした、
「幼年期と社会」における民権運動における黒人たち、
ルターやガンディといった偉人たちも、
そして、エリクソン自身、
様々な意味でのマイノリティだったからこそ、
強力なアイデンティティを確立することに、
突き動かされていたといえるでしょう。
社会学者のゴフマンは、
社会において生じる差別のメカニズムに、
社会的アイデンティティのやり取りが、
密接につながっていることを示唆しています。
社会は、個人にアイデンティティの提示を要求し、
期待したものが帰ってこなければ、
彼・彼女にスティグマ(烙印)を押すのです。
アイデンティティという概念は、
もはや、収拾がつかないほど様々に論じられ、
会話にも日常的に登場する言葉になっていますが、
こうした議論は、普段あまり我々の眼に触れません。
その理由は、各人が考えてみて欲しいと思います。
【Q2】 ナラティブとサイコセラピーに関する問題
ナラティブ・セラピーにおいて
用いられる技法として、
最も適当な選択肢を以下から選びなさい。
====選択肢=====
a. ABC理論
b. 症状の外在化
c. リフレクション
d. リフレーミング
============
正解は、 【 b. 】
ナラティブ・アプローチは、
臨床の場そのものに、
様々な疑問を投げかけています。
たとえば、
・セラピスト-クライエント関係
・治療の概念そのもの
・患者の主訴や症状の捉え方
などなど。
それに対し、マイケル・ホワイトらの提唱する
ナラティブ・セラピー自体は、
クライエントが、現状に対して持っている
ドミナント・ストーリーを、
新しい物語に書き換える、というプロセスとして進められます。
「自分に自信がなくて、何をやってもうまくいかない」など、
本人が内在化し、社会的相互作用ののなかで維持されてきた物語は、
たとえば、症状の外在化によって、
それまで無視されていた経験を織り込み、
新しい物語として語りなおされることになります。
ただ、ナラティブ・アプローチが
臨床行為自体に投げかけている問題提起に比べると、
臨床行為としてのナラティブ・セラピーは、
心理療法の新機軸となりうるような、
具体的な手段と魅力に欠けている印象があります。
ナラティブセラピーは、
理論的展開の中から、
固有の技法を生み出していけるのか。
あるいは、
臨床行為におけるメタ理論として、
その視点だけが取り入れられていくのか。
もうしばらく、様子を見る必要がありそうです。
【Q3】 ナラティブターンと質的研究に関する問題
やまだようこ(2004)は質的研究の在り様を、
ナラティブターン(物語的転回)に基づく
世界観から1)~5)のように説明している。
-----------------------------
1) 客観主義の基盤になってきた「(ア)」への懐疑
2) 観察者と観察対象の相互作用や(イ)の重視
3) 社会・文化・歴史的文脈を抜きに抽象的に仮定されてきた
抽象的な「普遍性」・「(ウ)」への懐疑
4) 人々が生きる世界の多元性・(エ)・変化プロセスの重視
5) 意味や(オ)の重視
-----------------------------
(ア)~(オ)に入る以下の語句A)~E)の、
正しい組み合わせを、選択肢から選びなさい。
A)グランドセオリー B)多様性 C)社会的相互行為
D)素朴実在論 E)ナラティブ
======選択肢=========
(ア)(イ)(ウ)(エ)(オ)
a. C D B A E
b. D C A B E
c. A B C D E
d. A C B E D
==================
正解は、 【 b. 】
社会科学や人文科学の領域においては、
社会や人間を量的に捉え、全体を確率的に言い表すのと同じくらい、
個人の人生の細部や、我々が生きている社会の記述に、
価値を見出してきました。
しかし、価値や意味、我々が生きている現実の複雑さ、
あいまいさ、個人の人生のディテールを壊さないように、
どのように捉えれば良いのか。
ナラティブをめぐる論議が、
社会科学にここまで大きな影響を与えたのは、
それが、こうした難問に、
新しい可能性を与えたためだと考えられます。
やまだの挙げた質的研究の在り様は、
量的研究に対して、「人々が生きる世界」に身を浸し、
研究を引き出していくために、
質的研究者が必要とした、新しい前提です。
しかし、こうした前提があれば、
はたして、実際にうまく、個人や社会の複雑で多様な細部を、
捉えることは可能なのでしょうか。
これは、我々がこれまで検討してきた、
心をどう捉えるか、というテーマ、
もしくは、臨床実践を、どのように研究するか、
という大きなテーマにもつながってくるように思います。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【エッセイ号】… 10月10日(火)にお送りする予定です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
● 質的心理学-創造的に活用するコツ 無藤隆・やまだようこ・南博文
・麻生武・サトウタツヤ編著 2004 新曜社
● アイデンティティ研究の展望V-1 鑪幹八郎・宮下一博・岡本祐子共編
1998 ナカニシヤ出版
● ナラティブ・セラピーの世界 小森康永 1999 日本評論社
● 幼年期と社会1・2 第2版 E・H・エリクソン著 仁科弥生訳 1963
みすず書房
● 青年ルター E・H・エリクソン著 1958 みすず書房
● ガンディの真理 E・H・エリクソン著 1969 みすず書房
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今回は、ナラティブ批判的な内容も盛り込みました。
もちろん、そこには一面的な見方にならないよう
バランスをとるという意味もありますので、
ここでの価値判断を鵜呑みにせず、
ぜひ自分で学び、考え、自分なりの結論をだして欲しいと思います。
【Q3】で検討している点は、
非常に重いテーマだと思いますから、
詳しくは、次回のエッセイ号で再度取り上げる予定です。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年9月19日火曜日
【Clip!アカデミー】第55回:問題号「心の物語図の中身」
【Clip! アカデミー】 第55回 2006/9/19
第1週 問題号「心の物語図の中身」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【それでは問題です】
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
無料心理学メールマガジンです。
■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
※【今回はこちら!】 第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前回エッセイ号では、
”こころ”を物語的な側面から捉える試みを、
以下のような図式としてまとめていきました。
●心の物語図(仮)
===========================
それまでの理屈では説明ができず、納得ができない“何か”
↓
物語的ロジック
↓
物語による理解
===========================
ここでは、
神話からニュース報道まで、
我々は、既存の理屈、ないし、科学的説明では
納得できない”何か”についての問いを、
物語という形式を通して語ることで、
科学的な説明とは異なる形で理解してきたことを、
「なぜ心理学を学ぶのか」という問いを通して
検討していきました。
また後半では、心理学理論自体が、
論理実証的な認知作用において
構築されたものであると共に、
物語的な認知作用によって、
単なる理屈では説明できない”こころ”を、
我々に納得させるものである、
という結論に到達しました。
これまで、我々が心理学において論じ、
検討してきた”こころ”なるものも、
我々が様々な”何か”を納得するために作り出した、
物語(ナラティブ)のひとつであるということができるでしょう。
●心の物語図2(仮)
==========================
それまでの理屈で説明できない“何か”=“こころ”
↓
科学的ロジック/物語的ロジック
↓
物語としての“こころ”=心理学理論
==========================
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2)【それでは問題です】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Q1】 アイデンティティに関する問題
アイデンティティ研究に関係のない人は以下のうち誰か。
次の選択肢のうち、もっとも適当なものを選びなさい。
====選択肢=====
a. M・エリクソン
b. マーシャ
c. ゴフマン
d. ガーゲン
============
【Q2】 ナラティブとサイコセラピーに関する問題
ナラティブ・セラピーにおいて
用いられる技法として、
最も適当な選択肢を以下から選びなさい。
====選択肢=====
a. ABC理論
b. 症状の外在化
c. リフレクション
d. リフレーミング
============
【Q3】 ナラティブターンと質的研究に関する問題
やまだようこ(2004)は質的研究の在り様を、
ナラティブターン(物語的転回)に基づく
世界観から1)~5)のように説明している。
-----------------------------
1) 客観主義の基盤になってきた「(ア)」への懐疑
2) 観察者と観察対象の相互作用や(イ)の重視
3) 社会・文化・歴史的文脈を抜きに抽象的に仮定されてきた
抽象的な「普遍性」・「(ウ)」への懐疑
4) 人々が生きる世界の多元性・(エ)・変化プロセスの重視
5) 意味や(オ)の重視
-----------------------------
(ア)~(オ)に入る以下の語句A)~E)の、
正しい組み合わせを、選択肢から選びなさい。
A)グランドセオリー B)多様性 C)社会的相互行為
D)素朴実在論 E)ナラティブ
======選択肢=========
(ア)(イ)(ウ)(エ)(オ)
a. C D B A E
b. D C A B E
c. A B C D E
d. A C B E D
==================
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【解説号】… 9月26日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
● 質的心理学-創造的に活用するコツ 無藤隆・やまだようこ・南博文
・麻生武・サトウタツヤ編著 2004 新曜社
● アイデンティティ研究の展望V-1 鑪幹八郎・宮下一博・岡本祐子共編
1998 ナカニシヤ出版
● ナラティブ・セラピーの世界 小森康永 1999 日本評論社
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ナラティブに関する議論はとても裾野が広く、
哲学・社会学・人類学・言語学・文学などなど、
様々な社会科学・人文科学の領域で論じられているため、
ここでは論じきれません。
ほかにも、物語論は
アカデミックを超えて、
社会現象もその射程に捉えています。
ゲームやマンガ、ブログ、などなど、
どんなモノが取り上げられているか、
調べてみるのも面白いかもしれません。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年9月12日火曜日
【Clip!アカデミー】第54回:エッセイ号「心の物語図の中身」
【Clip! アカデミー】 第54回 2006/9/12
第1週 エッセイ号「心の物語図」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回までのまとめ】
2)【納得すること】
3)【物語モードから捉える】
4)【理屈の合わない“何か”を問うということ】
5)【物語の社会的構成】
6)【物語と科学的言説】
7)【再度、心理学を勉強することの意味】
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
無料心理学メールマガジンです。
■ 基本サイクル ■
※【今回はこちら!】第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前回エッセイ号では、
我々は、物語という形式についての前提を
検討してきました。
我々の知覚の成立過程や、TV番組のドキュメンタリーを例に、
我々が体験し、接している世界についての情報は、
全て何らかのレベルで加工・編集されていることを見てきました。
加工・編集されている、という意味において、
ありのままの現実、真実というものは、
実際には存在しない、という考え方が成り立ちます。
つまり、普段我々が前提としている、
フィクションとノンフィクションの関係、
虚構か現実か、という垣根に、
実際的な根拠はないということです。
いうなれば、全てはフィクションであり、
“現実”とは「ある」ものではなく、
我々が社会的に「作り出す」ものだということです。
これが社会的構成主義と呼ばれるものです。
社会的構成の過程と、その形式には、
ナラティブ(物語・語り)というものがあります。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【納得すること】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
本メルマガを通して、
これまで“こころ”を様々な側面から検討してきました。
こうした側面とは、
捉えどころのない“こころ”なるものを、
どのように捉えるか、
という、心理学を中心に実証的に研究を重ねてきた、
先人たちの努力の結晶に基づいています。
しかし、
こうした科学的な説明の中に、
心についての最終的な解答は見つかっていません。
理屈で説明できたように思えても、
我々の方で、どうも実感できない、納得しきれていない、
というモヤモヤが残るからです。
はたして、“こころ”には、
我々が納得できる、実感できる説明は
ないのでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3)【物語モードから捉える】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ここで、
「納得する」、「実感する」、という現象の捉え方と、
「実証できる」、「妥当性がある」、という捉え方との間の、
原理的な違いを押さえておく必要があります。
J・S・ブルーナーは、
こうしたふたつの思考様式を、
論理-実証モード(paradigmatic mode)と、
物語モード(narrative mode)と呼んでいます。
つまり、ブルーナーは、
納得したり、実感したり、という対象の把握の仕方に、
対象を「物語として語る」という、自然科学的なアプローチとは、
ことなる思考様式を見ていたということです。
本メルマガでも、“こころ”についての、
納得できる、実感できる説明= 物語としての“こころ”
として、心の物語的側面について検討していきましょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
4)【理屈の合わない“何か”を問うということ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
昔から、
人間の在り様を明らかにする、という行為は、
科学に関わらない日常の中では、
物語として行われてきました。
それは、必ず「なぜ」という問いかけからはじまります。
いくつか例を挙げて見ましょう。
●神話・宗教・文学
起源=女神が泥をこねて人間を作った。(中国神話)
罪=善悪を知ったために楽園を追放された(聖書)
自分=「人間、失格。もはや、自分は、
完全に、人間で無くなりました。」(太宰治)
●哲学・心理学・精神医学
不合理性=人間は無意識に突き動かされる(フロイト)
人間=人間は白紙から始まる(ロック)
人間は機械である(デカルト)
●事件報道
戦争・事故は、なぜ起こったのか
犯人はなぜそのような犯罪を犯したのか
●入学・入社試験
「なぜ入りたいのか」(志望動機)
「私は誰か」(自己PR)
これらの物語の持っている構造について検討してみましょう。
●問いが存在する
●問いに答えるものとしての物語が必要とされる
●物語的なロジックに従って、出来事が語られる
●問いの答え=意味・理由を説明する物語が生まれる
ここから、
●心の物語図(仮)
===========================
それまでの理屈では説明ができず、納得ができない“何か”
↓
物語的ロジック
↓
物語による理解
===========================
という図式が考えられそうです。
つまり、
物語とは、
我々が理屈で説明できない“何か”を、
納得できるように変換してくれるもの
ということができます。
それは、
我々が主観的に受け取り可能な
「意味」「理由」を与えてくれるのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
5)【物語の社会的構成】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
物語は、我々が“何か”を納得するために、
必要とするものです。
そして、それは、
「意味」や「理由」が、外から要求されるとき、
もっとも明白になります。
もっともビビットな例を挙げましょう。
大学院受験の面接において、
「なぜ心理学を学びたいのか」
「なぜ臨床心理士になりたいのか」
と問われたら、
皆さんならどう答えますか?
どんなに熱意と実感がこもっていても、
「なんとなく」では、
面接官は納得しないでしょう。
面接官は、あなたという人間が分からないのに、
短い時間で、履歴書や面接態度などの限られた情報だけで、
合格・不合格を判断しなければならないのです。
履歴書によほどの自信があれば別ですが、
あなたは、短い時間で、
履歴書、身なり、表情、口調、など、
あなたを示すバラバラな情報を、
相手の不安を取り除き、納得させる「理由」
に変換する必要があります。
つまり、
「なぜ臨床心理士になりたいのか?」
という問いを中心にして、
あなたのこれまでの人生、面接場面での態度などを、
材料にした物語を作る必要があるのです。
=====================
履歴書、面接態度
↓
「なぜ臨床心理士になりたいのか?」
=履歴書+面接態度+エピソード…+n
=説明してくれる物語
=====================
ここで、「=」や「+」であらわされた部分が、
物語の持つ様式であり、論理だといえるでしょう。
あなたが語った物語を、
相手が納得してくれれば、
あなたの物語は、社会的な“事実”として受け入れられます。
=======================
履歴書、面接態度
↓
●「なぜ臨床心理士になりたいのか?」
=履歴書+面接態度+エピソード…+n
=説明してくれる物語
↓
「この物語は事実である。」
=合格=大学院で学ぶ理由がある
=======================
つまり、物語として語った
「将来の臨床心理士としての自分」が、
社会的なアイデンティティとして認められるのです。
言い換えれば、
アイデンティティという自分の寄って立つ基盤も、
このように、見方によっては脆弱な足場に立っています。
しかし、それが“事実”になるのは、
面接の場のような様々な場面において、
こうした物語が他者(聞き手)との間で
社会的に構成されているからなのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
6)【物語と科学的言説】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
これまで検討してきた、
様々な心理学の側面も、
科学的言説でありながら、
「物語」として捉えることができます。
なぜなら、心理学が対象とする、
“こころ”というもの自体が、
我々人間にとって、もっとも理不尽で、
説明しがたい存在概念だからです。
それを納得するために、
用いている様式は違えど、
神話も科学も、おなじように、
「なぜ人間には“こころ”があるのか」
と問い、その答えを探してきたのだといえるでしょう。
そのために、心理学概念は、
科学的方法論にしたがって研究され、
論理-実証的なロジックにしたがって構成されていても、
同時に、物語的ロジックとしての意味も背負わされているといえます。
●心の物語図2(仮)
==========================
それまでの理屈で説明できない“何か”=“こころ”
↓
科学的ロジック/物語的ロジック
↓
物語としての“こころ”=心理学理論
==========================
こうして、心理学の提示する
“こころ”の様々な側面のどれかを、
“こころ”の説明として納得するということは、
●“こころ”をめぐる無数の物語の中から、ひとつを選ぶ、
ということになります。
“こころ”の物語的な側面を捉えるということは、
そのようにして、最終的には、
個々人が、
「自分の“こころ”とはこういうものだ」、
という、それぞれの「物語」を手に入れる、
ということになるのかもしれません。
7)再度、心理学を勉強することの意味
自分の“こころ”とはこういうものだ、と納得する
プロセスは、誰もがやっている、
もしくは、過去にたどったことのあるプロセスのはずです。
しかし、
心理学を勉強するということは、
単に自分なりに納得する、ということとは違うはずです。
次の三つの点で、それとは異なると考えられます。
1、“こころ”全体の見取り図(空白多し)を持っている
2、いつでも違う側面に視点を切り替える用意がある
3、その上で、あくまで“仮に”、ひとつの説明=ナラティブを、
自分の納得できる説明として受け入れている
1と2は、訓練によって育まれる科学者としてのスタンスです。
しかし、3は、それとは異なる人間としてのスタンスです。
付け加えるならば、
この3つを、常に自覚している、
ということが重要なのかもしれません。
1と2がなければ、
現状を分析し、仮説を立て、検証することができないし、
3がなければ、
学問的知識を、畑の違う人に、自分の言葉で語る、
ということができないでしょうから。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【問題号】… 9月19日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
● 人間失格 太宰治 1952 新潮社
● 可能世界の心理 J・ブルーナー著 田中一彦訳 1998 みすず書房
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【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ナラティブに関する議論は、
ここ最近で人文科学・社会科学において、
大きな潮流になりつつあります。
その潮流がどのように心理学に流れ込んでくるか。
現時点では、ナラティブセラピーなど、
心理療法の一流派のように認識されていますが、
影響はそれだけにとどまらないでしょう。
むしろ、心理学における、
対象の捉え方、研究法の面で、
ブレイクスルーを期待したいものです。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
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※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
2006年8月29日火曜日
【Clip!アカデミー】第53回:エッセイ号「心の物語図の中身」
【Clip! アカデミー】 第54回 2006/08/29
第3週 解説号「心の物語図を立ち上げる」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
※【お詫び】※
1)【前回のまとめ】
2)【問題の解説】
【Q1】知覚に関する問題
【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題
【Q3】ナラティブに関する問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
==================================================================
○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
◆ 【Clip!アカデミー】は、
心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
無料心理学メールマガジンです。
■ 基本サイクル ■
第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
※【今回はこちら!】第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ○
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※【お詫び】※
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
| 前回のClip!アカデミー(第52回問題号)において、
| 【Q1】の問題文に記載上のミスがありました。
|
| 以下に、正誤表を示します。
|
| ×…ヘルムホルツが著作「」で提唱し、
| 現在でも支持されている概念を、
| 以下の選択肢から選びなさい。
|
| ○…ヘルムホルツが著作「生理光学ハンドブック」で提唱し、
| 現在でも支持されている概念を、
| 以下の選択肢から選びなさい。
|
|
|真剣に問題に向き合ってくださった読者の皆さんに、
|心からお詫び申し上げます。
|
| Clip!アカデミー事務局一同
|
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
”こころ”を、様々な側面から捉えようと、
これまでいろいろな試みを行ってきた本メルマガですが、
前回から、心の物語的側面を追っています。
あやふやで、よく分からない”こころ”。
心理学は、”こころ”を対象にするといわれながら、
我々は、”こころ”がどのようなものか、
研究の対象としても、よく知りません。
もっとも、よく分かっていれば研究する必要もないわけですが、
よい研究をするには、
研究の対象を、どのように捉えるかに、
大きく影響されるのです。
それなのに、”こころ”はうまく捉えられないから、
研究しようとすると、困ってしまうのです。
そこで必要なのは、
先人たちが、どのような捉え方をしているか、
の全体像を、知っておくこと。
それが、心理学の基礎を学ぶということです。
その上で、自分がしたい捉え方は、
そのどこに位置付くのかを考えること。
これが、心理学の中に身を置く、
ということになるでしょう。
このメルマガが、
その一助になればと考えています。
前回問題号では、エッセイ号での、
”こころ”の在り様を、物語という側面から捉えるための、
全体的なイメージを受けて、
そうした見方を裏付けるような、
基本事項を取り上げた問題をお届けしました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【問題の解説】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Q1】知覚に関する問題
ヘルムホルツが著作「生理光学ハンドブック※」で提唱し、
現在でも支持されている概念を、
以下の選択肢から選びなさい。
======選択肢======
a.知覚的推論
b. 潜在的知覚
c. エコロジカルアプローチ
===============
正解は、 【 a. 】
※ 問題号では、肝心のヘルムホルツの著作名が
抜けていました。
改めてお詫びしたいと思います。
ヘルムホルツは、我々が現象を知覚するとき、
すでにそのなかに、
知覚対象について推論する過程が存在していると考えました。
一般的に、
人間の眼球はよくカメラのレンズに例えられ、
ありのままの外界を写していると考えられています。
この例でいえば、視覚は、
写真を現像する過程にあたるかもしれません。
しかし、こうした知覚に対する捉え方は、
心理学では、かなり初期から疑問視されているのです。
知覚的推論とは、つまり、
ドキュメンタリーの編集作業のように、
知覚の初期段階において行われている、
仮説構築と、それに対応した編集過程を示している、
と考えることが出来ます。
なぜ、そんな編集作業が必要なのでしょうか。
分かりやすい例で言えば、
遠くの丘に人影が見えたけれど、
近づいたら枯れ木だった、という場合です。
始めの第一印象で人影に見えたとき、
視知覚は、非常に限られた情報を用いて、
瞬時に結論を出すことを優先します。
もし、人影が敵だった場合、
その瞬間に対応できなければ、
自分が危険にさらされる、
という環境に適応してきた結果です。
とりあえず「こうかな?」と対象を推論し、
その証拠になるような情報で、結論を組み立ててしまう。
その後の追加情報で間違っていたら、
「まちがっていました」
と新しい知覚を組み立てるわけです。
こうした潜在的知覚の過程は、
情報は足らないけれど、
瞬間的になんらかの結論を出さざるを得ない状況の中で、
進化してきたと考えられます。
よく、「この目で見たんだから間違いはない」
という言い方をしますが、
確からしさの尺度でもある我々の知覚も、
よくできたドキュメンタリー以上の
正確さを持ちえることは、できないということなのです。
ただし、知覚が記憶やTV番組と異なる点は、
写真やフィルムのコマのように、
一瞬一瞬が完結しているわけではないところです。
知覚は、我々が動き続ける限り常に“仮の”像であって、
我々が外界に働きかけることで積極的に構成されていくものと考えられます。
こうしたダイナミックな知覚についての考え方は、
J・J・ギブソンに始まるエコロジカル・アプローチ
に見られるものです。
【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題
物語について、科学的に論じようとする場合、
依拠できる学問領域はどれか。
次の選択肢のうちから、もっとも適当ではないものを、
ひとつ選びなさい。
===選択肢===
a.文化人類学
b.文学
c.社会学
d.言語学
=========
正解は、 【 b. 】
心理学を勉強する皆さんの中には、
物語について研究する、というと、
ユングやフロイトが取り上げた夢分析や、童話の力動的解釈といったことが
思い浮かぶ人が多いのではないでしょうか。
もちろん、それも間違いではないのですが、
ここでは、少し意地悪をしてみました。
ここでは、物語を“科学的に論じ”ようとする場合、
比較的オーソドックスな、
物語の持つ形式や構造に着目する、という捉え方に
注目して論じていきたいと思います。
近年、そうした視点から物語について注目してきたのは、
文化人類学と社会学の二つです。
とはいえ、社会学と、文化人類学では、
おそらく、物語を分析するために用いる分析装置は、
同じルーツを持っています。
それは、ソシュールによる言語構造の分析にはじまり、
文化人類学において、レヴィストロースによって文化構造の分析にまで
応用されるに至った、構造主義的なアプローチのことです。
構造主義は、研究者たちが研究対象を捉える際の焦点を、
対象の実体や内容から、対象を含む構造や関係にシフトさせる
ことに成功しました。
つまり、彼らはそれまで、言葉や風習の内容を収集し、比較していましたが、
構造主義以後は、個々の言葉や風習が
言語や文化の中にどのように位置づけられ、
どのように構造化されているかを分析できるようになったのです。
一見でたらめに見えた異民族の風習が、
実はその背後に数式のごとく一貫した構造を持っていることを発見した、
レヴィ・ストロースの興奮たるや、いかばかりだったでしょうか。
文化人類学は、このような武器を持つことによって、
わが身を科学として証し立てていくことができたのです。
ですから、物語を構造主義的に分析する場合、
内容よりも、構造や、形式、関係が重視されます。
社会学においては、物語は、
コミュニケーションという行為を分析するために
クローズアップされていきました。
「あなた」に「わたし」のことを知ってもらうには、
「わたし」を指し示す記号を示すか、
「わたし」についての物語を語る以外に、
我々は方法を持っていません。
特に我々は、
お互いのことを知り、直接体験できない社会やその外の世界について
知るために、多くを物語の形式に依存しています。
なぜなら物語は、
記号と異なり、語られた対象を、
聞き手が実感し、追体験することを可能とするからです。
物語を「語る」プロセスは、
常に語り手と聞き手との共同作業の中で、
ふたりにとっての「現実」を構成していくと考えられます。
そこから、社会的現実を研究するために、
社会学において発展してきたのが、
ナラティブ・アプローチと呼ばれる方法です。
心理学においても、
質的研究を行うときには、
これらのふたつの潮流は無視することが出来ません。
文学において、構造主義的な視点から、
物語分析を試みたのは、フランスの批評家、ロラン・バルトですが、
他の学問と比較して、“科学性”にはあまり重きが置かれておらず、
方法論としてオーソドックスなものとはいえないようです。
【Q3】ナラティブについての問題
ナラティブを巡る以下の文章の中で、
内容の間違っているものはどれか。
最も適当なものを、選択肢の中から選びなさい。
=============選択肢===========
a. 物語を語ることを、ナラティブという。
b. NBMは、近年盛んになってきた、
ナラティブベイスドメディスンの略である。
c. ナラティブアプローチは、
社会構成主義へのアンチテーゼとして提唱された。
d. ナラティブを重視するのは、
ナラティブ・セラピストたちだけではない。
===========================
正解は、 【 c. 】
物語論は、近年、社会学や人類学、
また精神科医療や心理療法においても、重要な理論になりつつあります。
これまで、あえて「物語」という語を用いてきましたが、
ここでいう「ナラティブ」に対して、
もう少し裾野を広く取っておきたかったためです。
しかし、ナラティブという言葉には、
「物語」のほかに、「語り」という意味もあるため、
厳密には両者を区別したほうがいい場合もあり、
一般的には、「ナラティブ」というカタガナ語が用いられています。
ナラティブの定義は立場によっても様々ですが、
もともとは、人類学における、
昔話や神話の構造分析の流れを汲んでいるといわれます。
そして、
●終わりと始まりがある
●因果関係や時系列で並べられている
などを最低限の構造として持っています。
ここで重要なのは、
このテクストが、単なる文章や昔話にとどまらないということです。
我々は、日々あらゆる場面で自分や他人、様々な出来事を、
物語の形式でやり取りしていることから、
ナラティブアプローチは、
我々の社会におけるコミュニケーションそのものに、
大きく関わってくるのです。
この物語は、その場その場で話し手と受け手の間で形成されており、
あるときはAさんが悪者になり、
またあるときは、Bさんが悪者になる、という具合に、
「語り」方によって同じ出来事が、まったく異なる物語になります。
つまり、話し手の「語り」方によって、
同じ出来事にも無数のバリエーションがあることになり、
ここから、そもそも「現実」自体が、
社会的に構成されているフィクションである、
と考える、社会構成主義という考え方が出てくることになります。
この「現実」の中には、
物語の語り手である「わたし」自体も含まれます。
今ここにいる「わたし」は、
確固とした生物学的・実存的な確かさが存在していても、
社会的存在としては、他のフィクションと変わりなく、
語り、語られることでしか存在しないことになります。
ここに、精神科医療や心理療法における、
ナラティブの重要性があります。
患者の語る「わたし」についての物語に耳を傾けるということは、
患者とともにあるフィクションを形作り、
そのフィクションのルールを通して、
患者とかかわるということです。
そうしたフィクションについてのフロイトの洞察に立脚し、
ナラティブの次元で患者とかかわるのが、
ナラティブベイスドメディスンのあり方です。
それは当然、M・フーコーの看破したような、
社会における「患者」と「医者」というフィクション、
歴史における「病者」と「健常者」というフィクション、
などなど数多くのフィクションと、地続きになっています。
ですから、ナラティブベイスドの立場に立つということは、
実は個人の問題と同じくらい、社会や、歴史の問題に向かい合う
ということになります。
患者とは何か、病とは何か。
ナラティブベイスドに立つすぐれた医者ほど、
こうした問題について、著作を残しているのは、
そのような理由があります。
NBMに対する医療的立場として、
エビデンスベイスドメディスン(EBM)がありますが、
心理療法家は、当然ナラティブベイスドの立場を取らざるを得ません。
当然、これからますます社会的な問題に取り組まざるを得なく
なっていくと思われますが、
現時点では、この部分は、臨床心理士の苦手科目な気がします。
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【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 【エッセイ号】… 9月12日(火)にお送りする予定です。
※ 次週9月5日(火)は休刊です。特別号が配信されることがあります。
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【参考文献】
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● 現代心理学「理論」辞典 中島義明 2001 朝倉書店
● Mind Hacks 実験で知る脳と心のシステム 2005
トム・スタッフォード 著 オライリージャパン
● ナラティブ・セラピーの世界 小森 康永 1999 日本評論社
● 人生を物語る-生成のライフヒストリー- やまだようこ 編 2000
ミネルヴァ書房
● あなたへの社会構成主義 ケネス・J・ガーゲン 2004 ナカニシヤ出版
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そろそろ大学院では、9月入試が近づいてきています。
大学院が増えつつある現在だからこそ、
入学後に、自分に自信を持って専門の勉強に専念するためには、
基礎知識というバックグラウンドが欠かせません。
そして、入試だけをゴールに持ってくるのではなく、
自分がどのような臨床家として、
どのような現場で働きたいのか、
その目標をもう一度確認して欲しいと思います。
このメルマガは、
入試への最短ルートを急ぐ人からすれば、
道草のようなものかもしれません。
しかし、臨床活動という行為が、
単純に目標達成を競い、能率を追い求めるものでない以上、
今このメルマガを読んでいる皆さんは、
大学院に入る前からすでに、
ライバルたちの一歩先を行っていると言って
いいのではないかと思います。
この一歩は、小さいモノに思えるかもしれません。
しかし、大学院を出たからといって、
全員が歩んでいるとは言えない一歩なのです。
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