【Clip! アカデミー】 第62回 2006/11/21
第3週 解説号「補足:心の未知の側面」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【問題の解説】
【Q1】「語りえないもの」についての問題
【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
【Q3】小説の実践に関する問題
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
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○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
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■ 基本サイクル ■
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↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
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↓
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↓
■ 第2サイクルへ続く ■
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1)【前回のまとめ】
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これまで【Clip!アカデミー】では、
心という、あいまいで捉えがたいものを、
心理学の先人たちがどのように捉えようとしてきたのか、
という点から、図式を立ててきました。
今回からは、補足的な捉え方として、
そうした心の未知の側面について、
できる限りの検討をしています。
心の未知の側面というのは、
まだ、心理学において、捉え切れていない領域を指します。
特に、”こころ”を実践的に
捉えようとする試み。
これらは実際には、科学より、
心理学よりも長い長い歴史を持っています。
そして、言葉では「語りえない」部分を
捉えようとしてきたという意味で、
常に科学と対比して語られる点で、
共通しています。
前回のエッセイ号では、
心を実践から捉えようとする分野として、
例えば文学や宗教、芸術の領域を挙げました。
そして、どのように”こころ”の、
特に、言葉では「語りえない」側面と向き合ってきたのか、
という点について、
今までの本メルマガのスタンスから、
補足的な検討を開始しています。
それをまとめたのが、以下の図式になります。
心の実践図(仮)
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●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教 →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術 →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」
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今回解説号では、
「語りえないもの」を巡る3つの問題について、
解説を通して、考えを深めていきます。
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2)【それでは問題です】
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【Q1】「語りえないもの」についての問題
「語りえないものについては、沈黙しなければならない」
という命題で有名な哲学者は誰か。
以下の選択肢から適当なものを選びなさい。
=====選択肢======
a. デカルト
b. ソシュール
c. ハイデッガー
d. ヴィトゲンシュタイン
==============
正解は、 【 d. 】
上述の文句は、ヴィトゲンシュタインが
「論理哲学論考」の中で、
言語を巡る命題のひとつとして取り上げられたものです。
ヴィトゲンシュタインの哲学は、
主に前期と後期に分けられますが、
その中心的なテーマは、言語の性質、
または「語りえないもの」を巡って展開されました。
ヴィトゲンシュタインは、
有名なこの言葉を発した「論理哲学論考」の提唱後、
自分のなすべきことは成した、ということで哲学探究をやめ、
小学校の教員となります。
あれだけの大哲学者でありながら、
小学校の一教員として、
子どもたちと関わって生きるという選択をしたヴィトゲンシュタイン。
だた、結局は、
前期の「写像理論」の欠点に気づくとともに、
また哲学の道に戻ることになります。
ヴィトゲンシュタインが、哲学で名を成してから、
小学校の一教員になる、という選択は、
よく考えるとすごいことです。
いくら哲学で名を成したとしても、
子どもたちを対象に新しい道に進むということは、
自分の築いた地位を単に捨てるだけでなく、
生身の子どもたちの前で、より厳しく、
自分のやってきたことを試されるということも意味するからです。
それができたということは、
ヴィトゲンシュタインが、
よほど自分の積み上げてきたものに、自信を持っていたのか、
そもそも人間として、
地位や名前には重きを置いていなかったのかもしれません。
【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
前回エッセイ号で述べた、
”科学は、「言葉にならないもの」を、
仮に語りうるものと見なすところからスタートする”、
ということは、言い換えると、どういうことか。
以下の選択肢から、もっとも適当と思われるものを選びなさい。
=============選択肢===============
a. 科学として物事を捉えるためには
仮説を立てる必要があるということ
b. 反証可能でないものは、科学ではないということ
c. 仮説の正しさを、確率的に割り出そうとするということ
===============================
正解は、 【 a. 】
仮説を立てる、という作業がそれですね。
「これが正解だ」と仮に決めてしまう。
そして、
その仮説=仮の正解がどれくらい正しいのか、
を確率的に割り出そうとする手続き。
それが統計的な検定なのではないでしょうか。
ここに、科学、特に「言葉にできないもの」を
科学として扱おうとする、
社会科学全般に見られるトリックというか、発明があります。
「言葉にできないもの」を、
正確に厳密に表現できるわけはないのですが、
まずは、割り切って表現してしまう。
そして、本来は「言葉にはできない」のだ、
という部分を、仮説の正しさを確率的に示す、
という離れ業によって担保するわけです。
つまり、科学的に実証された、
心についての仮説というものは、
どれも、間違えている可能性は1%です、5%です、
という言い方で、ギリギリの
実際は、我々が生きている中で、
1%や5%に入ってしまうことは多々あります。
その意味で、科学的検証が、
本当に「言葉にならないもの」を語りえるわけではないのですが、
個々のケースとか、個々の人生を考えなければ、
一般的に正しそう、ということができます。
この手術が失敗する確率は、5%です、といえれば、
一応、手術するかしないかの判断材料にはなります。
あくまで、60回やって、2回失敗しました、
ということなのですが。
それで充分、という我々の社会における価値観の上に、
科学は成立しているということができます。
【Q3】小説の実践に関する問題
以下の引用を読んで、以下の質問に答えなさい。
『社会科の授業で先生が「“昔”とはいつのことでしょう」
という問題を出し、生徒全員に小さな紙に答えを書かせたときのことだ。
集まった紙を先生がバラバラ見ながら、読んでいく。
「10年前、佐藤。100年前、山本さん、(略)」
こんな感じで続いていたのだが、Mさんの答えだけは違っていた。
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」』
『書きあぐねている人のための小説入門』p.10
上記のエピソードついての文章のうち、
著者の意見ではないものは次のうちどれか選びなさい。
=============選択肢=================
a. 日常の中の、こうした些細なエピソードを拾い出すことが、
小説の意味である。
b. Mさんのものは、小説の書き出しとして使える。
c. 「社会科の授業」という枠のなかでものを考えるようになっている
小学4年生が、「昔とはいつ?」と訊かれれば、
10年前とか、100年前と答えるのは当たり前だ。
d. Mさんの答えは、明らかに「異質」で、はっきり言って頭が悪い。
=================================
正解は、 【 a. 】
…引っかけ問題です。
【 d. 】は、原文からの引用ではありますが、
引っ掛け問題にするために、いじわるな引用の仕方をしています。
以下の解説を読んで、誤解の内容にお願いします。
なんだか国語のテストのようですが、
本メルマガは心理学のメルマガですから、
意図は別のところにあります。
ここでは、小説家の視線というものが、
人間をどのように見ようとする試みなのか、
それが、心理の視線と比べてどうか、
という点をご紹介したいと思い取り上げました。
もしこの場に、
自分がスクールカウンセラーとしていたとしたら、
どのようなことが学べるだろうか。
このような視点から、考えてみてください。
作家の実践とは、
決して文章やお話を書くことではなく、
言葉にならない現象をいかに我々の意識の中に持ち込むか、
という点にあります。
●目の中には入っていても、見えてはいなかったこと。
それが、彼らが作品の中で描写することで、
はじめて社会の中に存在することを認知される。
そこに、文学が行っていること、
すなわち、
「語りえないもの」を「語らないままに語ろうとする」
という実践があるということができます。
この文の小見出しは、こうなっています。
「小説の生まれる瞬間」
つまり、
小説が生まれる瞬間とはどのようなものか、
という例として、
著者はこの小学校の思い出を語っているわけです。
では、なぜMさんの答えだけが、
小説の書き出しに使える、というのか。
そこには、学校という社会的な枠組みの中で
あらかじめ決められたルールの中に、
それでは説明できない”個”を持ち込んでいるからだ、
と著者は続けます。
たとえば、「会社員」や「小学生」とひとくくりにされることで、
個人ひとりひとりの”個”は、
社会や学校の中では見えなくなっていきます。
それは、「小学生」としての当然の前提を、
誰もが共有しているからです。
「昔」=10年前・100前、という構図が、
社会科という科目において、当然の前提として共有されているとき、
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」という答えは、
不正解であるだけでなく、「異質」でさえあります。
しかしそこには、
我々が人間として生きていた「昔」が、
生き生きと立ち上がってきます。
そこに、我々の目線を向けさせること。
作家の実践には、そうしたまなざしが向けられているところに、
心理学とは異なる意義があるといえそうです。
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【次回配信】
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次回 【エッセイ号】… 12月5日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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● 絵でわかる現代思想 VALIS DEUX著 2000 日本実業出版社
● 書きあぐねている人のための小説入門 保坂和志著 2003 草思社
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【編集後記】
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作家の視線は、
”個人”の人生の中の、
言葉にならない部分を捉えることにおいて、
心理学よりも長い伝統を持っています。
その意味で、文学の視線になじむことは、
特に心理臨床において、
ひとりの人間に向き合っていくときに必要な想像力を
育んでくれます。
想像力を、どのような幅で持つことができるか。
それが、心理の実践に関係する人間として、
これから重要になってくるのではないでしょうか。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
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2006年11月21日火曜日
【Clip!アカデミー】第62回:解説号「補足:心の未知の側面」
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