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2006年11月21日火曜日

【Clip!アカデミー】第62回:解説号「補足:心の未知の側面」

【Clip! アカデミー】 第62回 2006/11/21
第3週 解説号「補足:心の未知の側面」

◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/
  
      ◆目次◆

            1)【前回のまとめ】
            2)【問題の解説】
         【Q1】「語りえないもの」についての問題
         【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
         【Q3】小説の実践に関する問題
              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】

==================================================================


   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
     心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
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            ■ 基本サイクル ■
            第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
            第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
 ※【今回はこちら!】 第3週「解説号」…確認とフィードバック
                 ↓
           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
               ↓
            ■ 第2サイクルへ続く ■

   ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ○


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【Clip!アカデミー勉強会のお知らせ】
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【Clip!アカデミー】では、
現在勉強会を準備中です。

心理学史や研究法など、
心理学の基礎的な文献を読みながら、
重要なトピックについてディスカッションするものです。

もしかしたら、それを元に、
メールマガジンを配信することになるかもしれません。

●現在大学院の院生であり、
心理学やその周辺状況について、熱く語りたいが、
大学院でのディスカッションに飽き足らない方、
ディスカッションしようにも、そもそも周りに相手が見つからない方。

もちろん、ディスカッション上の
ルールやマナーを身に付けていることは
前提ですが、Clip!アカデミー事務局までご連絡下さい。


   ↓ご連絡はこちら↓
clip-academy@clinicalpsychology.jp

※ 勉強会は、表参道の講座事務所で行う予定です。

※ 応募者多数の場合、1回のディスカッションに、
  多くの方に参加してもらうことは難しいかもしれません。
  もし参加希望の方がいらっしゃれば、
  勉強会に関するメーリングリストに登録していただくことになります。


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1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



これまで【Clip!アカデミー】では、
心という、あいまいで捉えがたいものを、
心理学の先人たちがどのように捉えようとしてきたのか、
という点から、図式を立ててきました。

今回からは、補足的な捉え方として、
そうした心の未知の側面について、
できる限りの検討をしています。

心の未知の側面というのは、
まだ、心理学において、捉え切れていない領域を指します。

特に、”こころ”を実践的に
捉えようとする試み。

これらは実際には、科学より、
心理学よりも長い長い歴史を持っています。

そして、言葉では「語りえない」部分を
捉えようとしてきたという意味で、
常に科学と対比して語られる点で、
共通しています。

前回のエッセイ号では、
心を実践から捉えようとする分野として、
例えば文学や宗教、芸術の領域を挙げました。

そして、どのように”こころ”の、
特に、言葉では「語りえない」側面と向き合ってきたのか、
という点について、
今までの本メルマガのスタンスから、
補足的な検討を開始しています。

それをまとめたのが、以下の図式になります。


心の実践図(仮)
====================================

●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教   →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術   →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」

====================================

今回解説号では、
「語りえないもの」を巡る3つの問題について、
解説を通して、考えを深めていきます。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【それでは問題です】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Q1】「語りえないもの」についての問題

「語りえないものについては、沈黙しなければならない」
という命題で有名な哲学者は誰か。
以下の選択肢から適当なものを選びなさい。

=====選択肢======
 a. デカルト
 b. ソシュール
 c. ハイデッガー
 d. ヴィトゲンシュタイン
==============


正解は、 【 d. 】

上述の文句は、ヴィトゲンシュタインが
「論理哲学論考」の中で、
言語を巡る命題のひとつとして取り上げられたものです。

ヴィトゲンシュタインの哲学は、
主に前期と後期に分けられますが、
その中心的なテーマは、言語の性質、
または「語りえないもの」を巡って展開されました。


ヴィトゲンシュタインは、
有名なこの言葉を発した「論理哲学論考」の提唱後、
自分のなすべきことは成した、ということで哲学探究をやめ、
小学校の教員となります。

あれだけの大哲学者でありながら、
小学校の一教員として、
子どもたちと関わって生きるという選択をしたヴィトゲンシュタイン。

だた、結局は、
前期の「写像理論」の欠点に気づくとともに、
また哲学の道に戻ることになります。

ヴィトゲンシュタインが、哲学で名を成してから、
小学校の一教員になる、という選択は、
よく考えるとすごいことです。

いくら哲学で名を成したとしても、
子どもたちを対象に新しい道に進むということは、
自分の築いた地位を単に捨てるだけでなく、
生身の子どもたちの前で、より厳しく、
自分のやってきたことを試されるということも意味するからです。

それができたということは、
ヴィトゲンシュタインが、
よほど自分の積み上げてきたものに、自信を持っていたのか、
そもそも人間として、
地位や名前には重きを置いていなかったのかもしれません。


【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題

前回エッセイ号で述べた、
”科学は、「言葉にならないもの」を、
仮に語りうるものと見なすところからスタートする”、
ということは、言い換えると、どういうことか。
以下の選択肢から、もっとも適当と思われるものを選びなさい。

=============選択肢===============
 a. 科学として物事を捉えるためには
   仮説を立てる必要があるということ
 b. 反証可能でないものは、科学ではないということ
 c. 仮説の正しさを、確率的に割り出そうとするということ
===============================


正解は、   【 a. 】

仮説を立てる、という作業がそれですね。

「これが正解だ」と仮に決めてしまう。

そして、
その仮説=仮の正解がどれくらい正しいのか、
を確率的に割り出そうとする手続き。

それが統計的な検定なのではないでしょうか。

ここに、科学、特に「言葉にできないもの」を
科学として扱おうとする、
社会科学全般に見られるトリックというか、発明があります。

「言葉にできないもの」を、
正確に厳密に表現できるわけはないのですが、
まずは、割り切って表現してしまう。

そして、本来は「言葉にはできない」のだ、
という部分を、仮説の正しさを確率的に示す、
という離れ業によって担保するわけです。

つまり、科学的に実証された、
心についての仮説というものは、
どれも、間違えている可能性は1%です、5%です、
という言い方で、ギリギリの

実際は、我々が生きている中で、
1%や5%に入ってしまうことは多々あります。

その意味で、科学的検証が、
本当に「言葉にならないもの」を語りえるわけではないのですが、
個々のケースとか、個々の人生を考えなければ、
一般的に正しそう、ということができます。

この手術が失敗する確率は、5%です、といえれば、
一応、手術するかしないかの判断材料にはなります。

あくまで、60回やって、2回失敗しました、
ということなのですが。

それで充分、という我々の社会における価値観の上に、
科学は成立しているということができます。


【Q3】小説の実践に関する問題

以下の引用を読んで、以下の質問に答えなさい。

『社会科の授業で先生が「“昔”とはいつのことでしょう」
 という問題を出し、生徒全員に小さな紙に答えを書かせたときのことだ。
 集まった紙を先生がバラバラ見ながら、読んでいく。
「10年前、佐藤。100年前、山本さん、(略)」
こんな感じで続いていたのだが、Mさんの答えだけは違っていた。
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」』
          『書きあぐねている人のための小説入門』p.10

上記のエピソードついての文章のうち、
著者の意見ではないものは次のうちどれか選びなさい。

=============選択肢=================

a. 日常の中の、こうした些細なエピソードを拾い出すことが、
  小説の意味である。
b. Mさんのものは、小説の書き出しとして使える。
c. 「社会科の授業」という枠のなかでものを考えるようになっている
  小学4年生が、「昔とはいつ?」と訊かれれば、
  10年前とか、100年前と答えるのは当たり前だ。
d. Mさんの答えは、明らかに「異質」で、はっきり言って頭が悪い。 

=================================


正解は、 【 a. 】
…引っかけ問題です。

 【 d. 】は、原文からの引用ではありますが、
 引っ掛け問題にするために、いじわるな引用の仕方をしています。

 以下の解説を読んで、誤解の内容にお願いします。


なんだか国語のテストのようですが、
本メルマガは心理学のメルマガですから、
意図は別のところにあります。

ここでは、小説家の視線というものが、
人間をどのように見ようとする試みなのか、
それが、心理の視線と比べてどうか、
という点をご紹介したいと思い取り上げました。

もしこの場に、
自分がスクールカウンセラーとしていたとしたら、
どのようなことが学べるだろうか。

このような視点から、考えてみてください。


作家の実践とは、
決して文章やお話を書くことではなく、
言葉にならない現象をいかに我々の意識の中に持ち込むか、
という点にあります。

●目の中には入っていても、見えてはいなかったこと。

それが、彼らが作品の中で描写することで、
はじめて社会の中に存在することを認知される。

そこに、文学が行っていること、
すなわち、
「語りえないもの」を「語らないままに語ろうとする」
という実践があるということができます。


この文の小見出しは、こうなっています。

「小説の生まれる瞬間」

つまり、
小説が生まれる瞬間とはどのようなものか、
という例として、
著者はこの小学校の思い出を語っているわけです。

では、なぜMさんの答えだけが、
小説の書き出しに使える、というのか。

そこには、学校という社会的な枠組みの中で
あらかじめ決められたルールの中に、
それでは説明できない”個”を持ち込んでいるからだ、
と著者は続けます。

たとえば、「会社員」や「小学生」とひとくくりにされることで、
個人ひとりひとりの”個”は、
社会や学校の中では見えなくなっていきます。

それは、「小学生」としての当然の前提を、
誰もが共有しているからです。

「昔」=10年前・100前、という構図が、
社会科という科目において、当然の前提として共有されているとき、
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」という答えは、
不正解であるだけでなく、「異質」でさえあります。

しかしそこには、
我々が人間として生きていた「昔」が、
生き生きと立ち上がってきます。

そこに、我々の目線を向けさせること。

作家の実践には、そうしたまなざしが向けられているところに、
心理学とは異なる意義があるといえそうです。


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【次回配信】
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   次回 【エッセイ号】… 12月5日(火)にお送りする予定です。

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【参考文献】
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● 絵でわかる現代思想 VALIS DEUX著 2000 日本実業出版社 

● 書きあぐねている人のための小説入門 保坂和志著 2003 草思社 


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【編集後記】
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作家の視線は、
”個人”の人生の中の、
言葉にならない部分を捉えることにおいて、
心理学よりも長い伝統を持っています。

その意味で、文学の視線になじむことは、
特に心理臨床において、
ひとりの人間に向き合っていくときに必要な想像力を
育んでくれます。

想像力を、どのような幅で持つことができるか。

それが、心理の実践に関係する人間として、
これから重要になってくるのではないでしょうか。


====================================================================
送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。

2006年11月14日火曜日

【Clip!アカデミー】第61回:問題号「補足:心の未知の側面」

【Clip! アカデミー】 第61回  2006/11/14
第2週 問題号「補足:心の未知の側面」

◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/
  
      ◆目次◆

            1)【前回のまとめ】
            2)【それでは問題です。】
         【Q1】「語りえないもの」についての問題
         【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題
         【Q3】小説の実践に関する問題

              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】



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   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
     心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
     無料心理学メールマガジンです。
   
            ■ 基本サイクル ■
            第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
 ※【今回はこちら!】 第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
         第3週「解説号」…確認とフィードバック
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           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
               ↓
            ■ 第2サイクルへ続く ■

   ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ○


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1)【前回のまとめ】
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これまで【Clip!アカデミー】では、
心という、あいまいで捉えがたいものを、
心理学の先人たちがどのように捉えようとしてきたのか、
という点から、図式を立ててきました。

今回からは、補足的な捉え方として、
そうした心の未知の側面について、
できる限りの検討をしています。

心の未知の側面というのは、
まだ、心理学において、捉え切れていない領域を指します。

特に、”こころ”を実践的に
捉えようとする試み。

これらは実際には、科学より、
心理学よりも長い長い歴史を持っています。

そして、言葉では「語りえない」部分を
捉えようとしてきたという意味で、
常に科学と対比して語られる点で、
共通しています。

前回のエッセイ号では、
心を実践から捉えようとする分野として、
例えば文学や宗教、芸術の領域を挙げました。

そして、どのように”こころ”の、
特に、言葉では「語りえない」側面と向き合ってきたのか、
という点について、
今までの本メルマガのスタンスから、
補足的な検討を開始しています。

それをまとめたのが、以下の図式になります。


心の実践図(仮)
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●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」
●宗教   →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術   →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」

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今回問題号では、
「語りえないもの」を巡る3つの問題について、
考えていきましょう。


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2)【それでは問題です】
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【Q1】「語りえないもの」についての問題

「語りえないものについては、沈黙しなければならない」
という命題で有名な哲学者は誰か。
以下の選択肢から適当なものを選びなさい。

=====選択肢======
 a. デカルト
 b. ソシュール
 c. ハイデッガー
 d. ヴィトゲンシュタイン
==============


【Q2】科学と「言葉にならないもの」についての問題

前回エッセイ号で述べた、
”科学は、「言葉にならないもの」を、
仮に語りうるものと見なすところからスタートする”、
ということは、言い換えると、どういうことか。
以下の選択肢から、もっとも適当と思われるものを選びなさい。

=============選択肢===============
 a. 科学として物事を捉えるためには
   仮説を立てる必要があるということ
 b. 反証可能でないものは、科学ではないということ
 c. 仮説の正しさを、確率的に割り出そうとするということ
===============================


【Q3】小説の実践に関する問題

以下の引用を読んで、以下の質問に答えなさい。

『社会科の授業で先生が「“昔”とはいつのことでしょう」
 という問題を出し、生徒全員に小さな紙に答えを書かせたときのことだ。
 集まった紙を先生がバラバラ見ながら、読んでいく。
「10年前、佐藤。100年前、山本さん、(略)」
こんな感じで続いていたのだが、Mさんの答えだけは違っていた。
「お母さんのお母さんのお母さんが生まれる前」』
          『書きあぐねている人のための小説入門』p.10

上記のエピソードついての文章のうち、
著者の意見ではないものは次のうちどれか選びなさい。

=============選択肢=================

a. 日常の中の、こうした些細なエピソードを拾い出すことが、
  小説の意味である。
b. Mさんのものは、小説の書き出しとして使える。
c. 「社会科の授業」という枠のなかでものを考えるようになっている
  小学4年生が、「昔とはいつ?」と訊かれれば、
  10年前とか、100年前と答えるのは当たり前だ。
d. Mさんの答えは、明らかに「異質」で、はっきり言って頭が悪い。 

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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
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   次回 【解説号】… 11月21日(火)にお送りする予定です。

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【参考文献】
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● 絵でわかる現代思想 VALIS DEUX著 2000 日本実業出版社 

● 書きあぐねている人のための小説入門 保坂和志著 2003 草思社 


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【編集後記】
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今回、心理学をはみ出した、
文学やら、芸術、宗教といったものを扱い出して、
議論がどこに向かっているのか、
不安になっている人もいることでしょう。

キーワードは、実践、ということです。

実践というものは、
研究や理論では、どうしても捉えきれない部分を
持っています。

そして、心理学を語る上で、
これからは臨床心理学という実践の領域を、
ますます無視できなくなっています。

そして、実践の知という意味では、
特に芸術の領域は、
心理学に対して圧倒的な蓄積を持っています。

心理療法も、芸術に多くの恩恵を受けていることは、
関心のある方なら、ご存知のことと思います。

つまり、今回の検討は、
主に、そうした実践にまつわる部分を考えていく、
という意味で、一番面白い部分だともいえるでしょう。

もうしばらく、お付き合いを願います。


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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。

2006年11月7日火曜日

【Clip! アカデミー】第60回:新章突入!エッセイ号「補足:心の未知の側面」

【Clip! アカデミー】 第60回 2006/11/7
第1週 エッセイ号「補足:心の未知の側面」

◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/
  
      ◆目次◆

          1)【前回のまとめ】
          2)【“こころ”を捉えるための努力】
          3)【心の未知の側面】
          4)【小説家の実践】
          5)【「語りえないもの」との向き合い方】
            【次回配信日】
            【参考文献】
            【編集後記】



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   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
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     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
     無料心理学メールマガジンです。
   
            ■ 基本サイクル ■
 ※【今回はこちら!】 第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
            第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
         第3週「解説号」…確認とフィードバック
                 ↓
           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
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            ■ 第2サイクルへ続く ■

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【Clip!アカデミー勉強会のお知らせ】
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【Clip!アカデミー】では、
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心理学史や研究法など、
心理学の基礎的な文献を読みながら、
重要なトピックについてディスカッションするものです。

もしかしたら、それを元に、
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心理学やその周辺状況について、熱く語りたいが、
大学院でのディスカッションに飽き足らない方、
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1)【前回のまとめ】
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ひとつの図式では捉えることの難しい“こころ”
というものを、あるひとつの図式を使って便宜的に捉え検討する。

そして、その限界や矛盾から、
新しい図式を使って新しい側面を捉えようとする。

その繰り返しが、これまで行ってきた
【Clip!アカデミー】での心理学学習のサイクルでした。

これまで取り上げてきた“こころ”の側面を
大きく分けると、

●実体的側面…心の構造図、心の過程図
●概念的側面…心の歴史図、心の研究法図
●関係的側面…心の対象図、心の関係図
●物語的側面…心の物語図

のように分けられます。

教科書に書かれている心理学の区分とは、
かなり違いますね。

教科書における心理学の区分というものは、
出来る限りすっきりと全体を分割することを
目的としているといえます。

なぜなら教科書の役割は、
心理学の各領域をできるかぎり網羅することだからですね。

【Clip!アカデミー】との違いがどこか分かるでしょうか。

本メルマガでは、
“こころ”全体を、なるべく全体のままに
論じようとしている点です。

「図式」というのは、
“こころ”をある視点から眺めたときに見える、
全体図のことなのですね。

その点で、はじめから、
「網羅」という教科書的な機能は指向していません。

必ずしも成功しているとはいえない点も見られますが、
教科書とは異なる立場から、
皆さんの勉強を補完することができればと考えています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【“こころ”を捉えるための努力】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

これまで【Clip!アカデミー】では、
心という、あいまいで捉えがたいものを、
心理学の先人たちがどのように捉えようとしてきたのか、
という点から、図式を立ててきました。

しかし、心の物語図のあたりから、
そろそろ、その領域の限界まで来てしまったような気がします。

ここから先は、心理学にとっては、
まだまだハッキリしない領域。

その意味では、
ここから先は、まだ心理学とはいえません。

とはいえ、人間の“こころ”を捉えようという努力は、
実際には有史以前から連綿と行われてきたものです。

心理学はまだまだ、“こころ”を捉えようとする
人間の努力の中では、新参者なのです。

はみ出してしまった以上、
心理学エッセイとしてのClip!アカデミーも、
一段落を迎えるときが近づいてきたということになります。

その前に、今回からは、補足的な捉え方として、
そうした心の未知の側面について、
できる限りの検討をしていきたいと思います。


3)【心の未知の側面】

前回までのClip!アカデミーでは、
心の物語的側面を検討してきました。

しかし、なぜ物語が、
“こころ”の重要な側面を、捉えているといえるのでしょうか。

物語が、科学の言葉と異なる側面を、
なぜ捉えることが出来るのでしょうか。

それは、物語が、科学の言葉と違って、
「語りえない」ものに直接触れさせてくれるからです。

この、「直接触れさせてくれる」という部分が、
科学のように、一度対象を客観的に把握しようとする態度と、
大きく違います。

主観的な把握は、すべて実践に基づいています。

心理学が学問であるがゆえに把握し切れていない、
実践に基づいた、経験的にだけ把握できる心の側面。

それをここでは、心の未知の側面として、
検討していくことにしましょう。

しかし、心の未知の側面を検討するには、
注意が必要です。

これまでのように、
心理学という枠組みの中で、
明確な土台を意識しながら議論をすることが出来ません。

心理学という枠組みの外側の輪郭をなぞりながら、
「語りえないもの」を捉えようとするほかの努力のあり方と比較し、
つかず離れずに進んでいかなければなりません。

まずは、心の物語図でも取り上げた、
科学と物語における、「語りえないもの」の捉え方の違いを、
比較するところから始めましょう。


4)【小説家の実践】

これまで、我々は、科学ないし、学問の
範疇だけで、議論をしてきました。

物語を取り上げたといっても、
それはあくまで、心理学や言語学、哲学における
物語論の所産であって、実際の物語について
検討したことはありませんでした。

そこで、ここでは、実際の作家においで願って、
物語について語ってもらうことにしましょう。


作家の保坂和志は、小説の定義を、

「小説とは小説家の中にあるイメージというか何か言葉にならないものを、
人物の動きや情景や出来事の連鎖によって読者の中に作り出そうとする
表現行為のことだ。だから小説は言葉によって書かれているのではあるけれど、
音楽や絵画と同じように、言葉によっては再現することができない。」
(「小説の誕生」p.57)

と述べています。

つまり、小説においては、
「言葉にならないもの」を、
そもそも言葉で再現できるとは考えていないのです。

我々が、「言葉にならない」“こころ”というものを、
手を代え品を代え、
様々な仮説=図式でもって語ろうとしてきたのとは、
大きな違いですね。

つまり、

● 物語は、「言葉にならないもの」を、
言葉で直接表現できない、という前提に立ちます。

そして、言葉を人物や情景や出来事の代わりに使って、
それを間接的に匂わせ、体験させようとするといえるでしょう。

だからこそ、小説が本当に表現しようとしているものは、
絵画や音楽と同じく、言葉で直接再現することができないのです。

小説の中の文章は、
「言葉にならないもの」を伝えるための、
単なる道具にすぎないからです。

一方、

● 科学は、「言葉にならないもの」を、
仮に語りうるものと見なすところからスタートする、
ということができるでしょう。

そのためには、「どこなら言葉にできるか?」
ということを、徹底的に追求していきます。

そうして、対象を「言葉にできるところ」と
「言葉にできないところ」に分け、
後者はとりあえず脇に置いておくのです。

「言葉にならないもの」は、
科学においては、研究によってフォローできない“余り”であり、
物語においては、どれ、と指し示すことのできない“すべて”である、
ということもできそうです。


5)【「語りえないもの」との向き合い方】

これまでの、科学と物語においての、
「語りえないもの」との向き合い方を、
図式にすると、以下のようになるでしょうか。


●論理・科学→「語りえないもの」を「(仮に)語りえるものとみなして語る」
●物語・文学→「語りえないもの」を「語らないまま語ろうとする」


このような形式で、
ほかにもいくつかの実践を、図式に表してみると、
以下のようになりました。

●宗教   →「語りえないもの」を「“語られたもの”として信じる」
●芸術   →「語りえないもの」を「語らないまま表現する」

ほかには、たとえば、

●人間    →「語りえないもの」を「語らないまま生きる」?

こんなことも言えそうです。

次回エッセイ号では、この図式を、心の実践図として、
もう少し詳細に検討していきましょう。


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【次回配信】
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   次回 【問題号】… 11月13日(火)にお送りする予定です。

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【参考文献】
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● 小説の誕生 保坂和志 2006 新潮社 


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【編集後記】
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ここまで続いてきたClip!アカデミーも、
ついに60回を迎えました。

心理学の全体像を、
様々な角度から取り上げてきた本メルマガですが、
ようやく、理論を越えて、実践について
論じるところまできました。

ただ、実践というのは、
理論ほど論じやすいものではないし、
それこそ「言葉にできない」部分が多いものです。

だから、心理学の枠組みを、
一度出てしまうことで、
「心理学のメルマガで、なんで小説?」
と思われる方がいるかもしれません。

逆に、「今までだって、
散々哲学やら文化人類学やら
いってきたじゃないか、今更だな」
と思う人もいるかもしれません。

どこが違うかというと、
今までは、あくまで
学問のなかでの移動だったわけです。

「学問」という共通のフォーマットを持つプログラム間
での移動というか。

その中では、物語といっても、正確には「物語論」、
宗教という場合、「文化人類学」の先行研究から
議論しているわけですね。

今回は、「文学」とか「芸術」とか、
生の実践にも触れていきたいと思っています。

なぜかというと、
心理臨床の実践もまた、理論を越えた、
ナマモノだと思うからです。

ですから、みなさん、もう少しお付き合いください。

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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
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