臨床心理士指定大学院受験講座が提供している、心理学・臨床心理学を学ぶ方を対象とした、メールマガジンのバックナンバーサイトです。 http://www.clinicalpsychology.jp/

最新のバックナンバー

2006年8月29日火曜日

【Clip!アカデミー】第53回:エッセイ号「心の物語図の中身」

【Clip! アカデミー】 第54回  2006/08/29
第3週 解説号「心の物語図を立ち上げる」

◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/

  
      ◆目次◆

              ※【お詫び】※
            1)【前回のまとめ】
            2)【問題の解説】
           【Q1】知覚に関する問題
           【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題
           【Q3】ナラティブに関する問題
              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】

 
==================================================================


   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
     心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
     無料心理学メールマガジンです。
   
            ■ 基本サイクル ■
            第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
            第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
  ※【今回はこちら!】第3週「解説号」…確認とフィードバック
                 ↓
           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
               ↓
            ■ 第2サイクルへ続く ■

   ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ○


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※【お詫び】※
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 | 前回のClip!アカデミー(第52回問題号)において、
 | 【Q1】の問題文に記載上のミスがありました。
 |
 | 以下に、正誤表を示します。
 |
 | ×…ヘルムホルツが著作「」で提唱し、
 |   現在でも支持されている概念を、
 |   以下の選択肢から選びなさい。
 |
 | ○…ヘルムホルツが著作「生理光学ハンドブック」で提唱し、
 |   現在でも支持されている概念を、
 |   以下の選択肢から選びなさい。
 |
 |
 |真剣に問題に向き合ってくださった読者の皆さんに、
 |心からお詫び申し上げます。
 |
 |                Clip!アカデミー事務局一同
 |

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

”こころ”を、様々な側面から捉えようと、
これまでいろいろな試みを行ってきた本メルマガですが、
前回から、心の物語的側面を追っています。


あやふやで、よく分からない”こころ”。

心理学は、”こころ”を対象にするといわれながら、
我々は、”こころ”がどのようなものか、
研究の対象としても、よく知りません。

もっとも、よく分かっていれば研究する必要もないわけですが、
よい研究をするには、
研究の対象を、どのように捉えるかに、
大きく影響されるのです。

それなのに、”こころ”はうまく捉えられないから、
研究しようとすると、困ってしまうのです。

そこで必要なのは、
先人たちが、どのような捉え方をしているか、
の全体像を、知っておくこと。

それが、心理学の基礎を学ぶということです。

その上で、自分がしたい捉え方は、
そのどこに位置付くのかを考えること。

これが、心理学の中に身を置く、
ということになるでしょう。

このメルマガが、
その一助になればと考えています。

前回問題号では、エッセイ号での、
”こころ”の在り様を、物語という側面から捉えるための、
全体的なイメージを受けて、
そうした見方を裏付けるような、
基本事項を取り上げた問題をお届けしました。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【問題の解説】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【Q1】知覚に関する問題

ヘルムホルツが著作「生理光学ハンドブック※」で提唱し、
現在でも支持されている概念を、
以下の選択肢から選びなさい。

     ======選択肢======

      a.知覚的推論
      b. 潜在的知覚
      c. エコロジカルアプローチ

     ===============


正解は、   【 a. 】

   ※ 問題号では、肝心のヘルムホルツの著作名が
     抜けていました。
  
     改めてお詫びしたいと思います。


ヘルムホルツは、我々が現象を知覚するとき、
すでにそのなかに、
知覚対象について推論する過程が存在していると考えました。

一般的に、
人間の眼球はよくカメラのレンズに例えられ、
ありのままの外界を写していると考えられています。

この例でいえば、視覚は、
写真を現像する過程にあたるかもしれません。

しかし、こうした知覚に対する捉え方は、
心理学では、かなり初期から疑問視されているのです。

知覚的推論とは、つまり、
ドキュメンタリーの編集作業のように、
知覚の初期段階において行われている、
仮説構築と、それに対応した編集過程を示している、
と考えることが出来ます。

なぜ、そんな編集作業が必要なのでしょうか。

分かりやすい例で言えば、
遠くの丘に人影が見えたけれど、
近づいたら枯れ木だった、という場合です。

始めの第一印象で人影に見えたとき、
視知覚は、非常に限られた情報を用いて、
瞬時に結論を出すことを優先します。

もし、人影が敵だった場合、
その瞬間に対応できなければ、
自分が危険にさらされる、
という環境に適応してきた結果です。

とりあえず「こうかな?」と対象を推論し、
その証拠になるような情報で、結論を組み立ててしまう。

その後の追加情報で間違っていたら、
「まちがっていました」
と新しい知覚を組み立てるわけです。

こうした潜在的知覚の過程は、
情報は足らないけれど、
瞬間的になんらかの結論を出さざるを得ない状況の中で、
進化してきたと考えられます。

よく、「この目で見たんだから間違いはない」
という言い方をしますが、
確からしさの尺度でもある我々の知覚も、
よくできたドキュメンタリー以上の
正確さを持ちえることは、できないということなのです。

ただし、知覚が記憶やTV番組と異なる点は、
写真やフィルムのコマのように、
一瞬一瞬が完結しているわけではないところです。

知覚は、我々が動き続ける限り常に“仮の”像であって、
我々が外界に働きかけることで積極的に構成されていくものと考えられます。

こうしたダイナミックな知覚についての考え方は、
J・J・ギブソンに始まるエコロジカル・アプローチ
に見られるものです。


【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題

物語について、科学的に論じようとする場合、
依拠できる学問領域はどれか。
次の選択肢のうちから、もっとも適当ではないものを、
ひとつ選びなさい。

     ===選択肢===
 
      a.文化人類学
      b.文学
      c.社会学
      d.言語学

     =========


正解は、   【 b. 】


心理学を勉強する皆さんの中には、
物語について研究する、というと、
ユングやフロイトが取り上げた夢分析や、童話の力動的解釈といったことが
思い浮かぶ人が多いのではないでしょうか。

もちろん、それも間違いではないのですが、
ここでは、少し意地悪をしてみました。

ここでは、物語を“科学的に論じ”ようとする場合、
比較的オーソドックスな、
物語の持つ形式や構造に着目する、という捉え方に
注目して論じていきたいと思います。

近年、そうした視点から物語について注目してきたのは、
文化人類学と社会学の二つです。

とはいえ、社会学と、文化人類学では、
おそらく、物語を分析するために用いる分析装置は、
同じルーツを持っています。

それは、ソシュールによる言語構造の分析にはじまり、
文化人類学において、レヴィストロースによって文化構造の分析にまで
応用されるに至った、構造主義的なアプローチのことです。

構造主義は、研究者たちが研究対象を捉える際の焦点を、
対象の実体や内容から、対象を含む構造や関係にシフトさせる
ことに成功しました。

つまり、彼らはそれまで、言葉や風習の内容を収集し、比較していましたが、
構造主義以後は、個々の言葉や風習が
言語や文化の中にどのように位置づけられ、
どのように構造化されているかを分析できるようになったのです。

一見でたらめに見えた異民族の風習が、
実はその背後に数式のごとく一貫した構造を持っていることを発見した、
レヴィ・ストロースの興奮たるや、いかばかりだったでしょうか。

文化人類学は、このような武器を持つことによって、
わが身を科学として証し立てていくことができたのです。

ですから、物語を構造主義的に分析する場合、
内容よりも、構造や、形式、関係が重視されます。

社会学においては、物語は、
コミュニケーションという行為を分析するために
クローズアップされていきました。

「あなた」に「わたし」のことを知ってもらうには、
「わたし」を指し示す記号を示すか、
「わたし」についての物語を語る以外に、
我々は方法を持っていません。

特に我々は、
お互いのことを知り、直接体験できない社会やその外の世界について
知るために、多くを物語の形式に依存しています。

なぜなら物語は、
記号と異なり、語られた対象を、
聞き手が実感し、追体験することを可能とするからです。

物語を「語る」プロセスは、
常に語り手と聞き手との共同作業の中で、
ふたりにとっての「現実」を構成していくと考えられます。

そこから、社会的現実を研究するために、
社会学において発展してきたのが、
ナラティブ・アプローチと呼ばれる方法です。

心理学においても、
質的研究を行うときには、
これらのふたつの潮流は無視することが出来ません。

文学において、構造主義的な視点から、
物語分析を試みたのは、フランスの批評家、ロラン・バルトですが、
他の学問と比較して、“科学性”にはあまり重きが置かれておらず、
方法論としてオーソドックスなものとはいえないようです。


【Q3】ナラティブについての問題

ナラティブを巡る以下の文章の中で、
内容の間違っているものはどれか。
最も適当なものを、選択肢の中から選びなさい。

 =============選択肢===========

  a. 物語を語ることを、ナラティブという。

  b. NBMは、近年盛んになってきた、
    ナラティブベイスドメディスンの略である。

  c. ナラティブアプローチは、
    社会構成主義へのアンチテーゼとして提唱された。

  d. ナラティブを重視するのは、
    ナラティブ・セラピストたちだけではない。

 ===========================


正解は、   【 c. 】

物語論は、近年、社会学や人類学、
また精神科医療や心理療法においても、重要な理論になりつつあります。

これまで、あえて「物語」という語を用いてきましたが、
ここでいう「ナラティブ」に対して、
もう少し裾野を広く取っておきたかったためです。

しかし、ナラティブという言葉には、
「物語」のほかに、「語り」という意味もあるため、
厳密には両者を区別したほうがいい場合もあり、
一般的には、「ナラティブ」というカタガナ語が用いられています。

ナラティブの定義は立場によっても様々ですが、
もともとは、人類学における、
昔話や神話の構造分析の流れを汲んでいるといわれます。

そして、

   ●終わりと始まりがある
   ●因果関係や時系列で並べられている


などを最低限の構造として持っています。

ここで重要なのは、
このテクストが、単なる文章や昔話にとどまらないということです。

我々は、日々あらゆる場面で自分や他人、様々な出来事を、
物語の形式でやり取りしていることから、
ナラティブアプローチは、
我々の社会におけるコミュニケーションそのものに、
大きく関わってくるのです。

この物語は、その場その場で話し手と受け手の間で形成されており、
あるときはAさんが悪者になり、
またあるときは、Bさんが悪者になる、という具合に、
「語り」方によって同じ出来事が、まったく異なる物語になります。

つまり、話し手の「語り」方によって、
同じ出来事にも無数のバリエーションがあることになり、
ここから、そもそも「現実」自体が、
社会的に構成されているフィクションである、
と考える、社会構成主義という考え方が出てくることになります。

この「現実」の中には、
物語の語り手である「わたし」自体も含まれます。

今ここにいる「わたし」は、
確固とした生物学的・実存的な確かさが存在していても、
社会的存在としては、他のフィクションと変わりなく、
語り、語られることでしか存在しないことになります。

ここに、精神科医療や心理療法における、
ナラティブの重要性があります。

患者の語る「わたし」についての物語に耳を傾けるということは、
患者とともにあるフィクションを形作り、
そのフィクションのルールを通して、
患者とかかわるということです。

そうしたフィクションについてのフロイトの洞察に立脚し、
ナラティブの次元で患者とかかわるのが、
ナラティブベイスドメディスンのあり方です。

それは当然、M・フーコーの看破したような、
社会における「患者」と「医者」というフィクション、
歴史における「病者」と「健常者」というフィクション、
などなど数多くのフィクションと、地続きになっています。

ですから、ナラティブベイスドの立場に立つということは、
実は個人の問題と同じくらい、社会や、歴史の問題に向かい合う
ということになります。

患者とは何か、病とは何か。

ナラティブベイスドに立つすぐれた医者ほど、
こうした問題について、著作を残しているのは、
そのような理由があります。

NBMに対する医療的立場として、
エビデンスベイスドメディスン(EBM)がありますが、
心理療法家は、当然ナラティブベイスドの立場を取らざるを得ません。

当然、これからますます社会的な問題に取り組まざるを得なく
なっていくと思われますが、
現時点では、この部分は、臨床心理士の苦手科目な気がします。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

   次回 【エッセイ号】… 9月12日(火)にお送りする予定です。
 ※ 次週9月5日(火)は休刊です。特別号が配信されることがあります。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


● 現代心理学「理論」辞典 中島義明 2001 朝倉書店

● Mind Hacks 実験で知る脳と心のシステム 2005 
  トム・スタッフォード 著 オライリージャパン

● ナラティブ・セラピーの世界 小森 康永 1999 日本評論社 

● 人生を物語る-生成のライフヒストリー- やまだようこ 編 2000
  ミネルヴァ書房

● あなたへの社会構成主義 ケネス・J・ガーゲン 2004 ナカニシヤ出版


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


そろそろ大学院では、9月入試が近づいてきています。

大学院が増えつつある現在だからこそ、
入学後に、自分に自信を持って専門の勉強に専念するためには、
基礎知識というバックグラウンドが欠かせません。

そして、入試だけをゴールに持ってくるのではなく、
自分がどのような臨床家として、
どのような現場で働きたいのか、
その目標をもう一度確認して欲しいと思います。

このメルマガは、
入試への最短ルートを急ぐ人からすれば、
道草のようなものかもしれません。

しかし、臨床活動という行為が、
単純に目標達成を競い、能率を追い求めるものでない以上、
今このメルマガを読んでいる皆さんは、
大学院に入る前からすでに、
ライバルたちの一歩先を行っていると言って
いいのではないかと思います。

この一歩は、小さいモノに思えるかもしれません。

しかし、大学院を出たからといって、
全員が歩んでいるとは言えない一歩なのです。


====================================================================
送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。

【Clip!アカデミー】第53回:解説号「心の物語図を立ち上げる」

【Clip! アカデミー】 第53回 2006/08/29
第3週 解説号「心の物語図を立ち上げる」

◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/


  
      ◆目次◆

              ※【お詫び】※
            1)【前回のまとめ】
            2)【問題の解説】
           【Q1】知覚に関する問題
           【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題
           【Q3】ナラティブに関する問題
              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】



==================================================================


   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
     心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
     無料心理学メールマガジンです。
   
            ■ 基本サイクル ■
            第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
            第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
  ※【今回はこちら!】第3週「解説号」…確認とフィードバック
                 ↓
           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
               ↓
            ■ 第2サイクルへ続く ■

   ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ○


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※【お詫び】※
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 | 前回のClip!アカデミー(第52回問題号)において、
 | 【Q1】の問題文に記載上のミスがありました。
 |
 | 以下に、正誤表を示します。
 |
 | ×…ヘルムホルツが著作「」で提唱し、
 |   現在でも支持されている概念を、
 |   以下の選択肢から選びなさい。
 |
 | ○…ヘルムホルツが著作「生理光学ハンドブック」で提唱し、
 |   現在でも支持されている概念を、
 |   以下の選択肢から選びなさい。
 |
 |
 |真剣に問題に向き合ってくださった読者の皆さんに、
 |心からお詫び申し上げます。
 |
 |                Clip!アカデミー事務局一同
 |

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

”こころ”を、様々な側面から捉えようと、
これまでいろいろな試みを行ってきた本メルマガですが、
前回から、心の物語的側面を追っています。


あやふやで、よく分からない”こころ”。

心理学は、”こころ”を対象にするといわれながら、
我々は、”こころ”がどのようなものか、
研究の対象としても、よく知りません。

もっとも、よく分かっていれば研究する必要もないわけですが、
よい研究をするには、
研究の対象を、どのように捉えるかに、
大きく影響されるのです。

それなのに、”こころ”はうまく捉えられないから、
研究しようとすると、困ってしまうのです。

そこで必要なのは、
先人たちが、どのような捉え方をしているか、
の全体像を、知っておくこと。

それが、心理学の基礎を学ぶということです。

その上で、自分がしたい捉え方は、
そのどこに位置付くのかを考えること。

これが、心理学の中に身を置く、
ということになるでしょう。

このメルマガが、
その一助になればと考えています。

前回問題号では、エッセイ号での、
”こころ”の在り様を、物語という側面から捉えるための、
全体的なイメージを受けて、
そうした見方を裏付けるような、
基本事項を取り上げた問題をお届けしました。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【問題の解説】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【Q1】知覚に関する問題

ヘルムホルツが著作「生理光学ハンドブック※」で提唱し、
現在でも支持されている概念を、
以下の選択肢から選びなさい。

     ======選択肢======

      a.知覚的推論
      b. 潜在的知覚
      c. エコロジカルアプローチ

     ===============


正解は、   【 a. 】

   ※ 問題号では、肝心のヘルムホルツの著作名が
     抜けていました。
  
     改めてお詫びしたいと思います。


ヘルムホルツは、我々が現象を知覚するとき、
すでにそのなかに、
知覚対象について推論する過程が存在していると考えました。

一般的に、
人間の眼球はよくカメラのレンズに例えられ、
ありのままの外界を写していると考えられています。

この例でいえば、視覚は、
写真を現像する過程にあたるかもしれません。

しかし、こうした知覚に対する捉え方は、
心理学では、かなり初期から疑問視されているのです。

知覚的推論とは、つまり、
ドキュメンタリーの編集作業のように、
知覚の初期段階において行われている、
仮説構築と、それに対応した編集過程を示している、
と考えることが出来ます。

なぜ、そんな編集作業が必要なのでしょうか。

分かりやすい例で言えば、
遠くの丘に人影が見えたけれど、
近づいたら枯れ木だった、という場合です。

始めの第一印象で人影に見えたとき、
視知覚は、非常に限られた情報を用いて、
瞬時に結論を出すことを優先します。

もし、人影が敵だった場合、
その瞬間に対応できなければ、
自分が危険にさらされる、
という環境に適応してきた結果です。

とりあえず「こうかな?」と対象を推論し、
その証拠になるような情報で、結論を組み立ててしまう。

その後の追加情報で間違っていたら、
「まちがっていました」
と新しい知覚を組み立てるわけです。

こうした潜在的知覚の過程は、
情報は足らないけれど、
瞬間的になんらかの結論を出さざるを得ない状況の中で、
進化してきたと考えられます。

よく、「この目で見たんだから間違いはない」
という言い方をしますが、
確からしさの尺度でもある我々の知覚も、
よくできたドキュメンタリー以上の
正確さを持ちえることは、できないということなのです。

ただし、知覚が記憶やTV番組と異なる点は、
写真やフィルムのコマのように、
一瞬一瞬が完結しているわけではないところです。

知覚は、我々が動き続ける限り常に“仮の”像であって、
我々が外界に働きかけることで積極的に構成されていくものと考えられます。

こうしたダイナミックな知覚についての考え方は、
J・J・ギブソンに始まるエコロジカル・アプローチ
に見られるものです。


【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題

物語について、科学的に論じようとする場合、
依拠できる学問領域はどれか。
次の選択肢のうちから、もっとも適当ではないものを、
ひとつ選びなさい。

     ===選択肢===
 
      a.文化人類学
      b.文学
      c.社会学
      d.言語学

     =========


正解は、   【 b. 】


心理学を勉強する皆さんの中には、
物語について研究する、というと、
ユングやフロイトが取り上げた夢分析や、童話の力動的解釈といったことが
思い浮かぶ人が多いのではないでしょうか。

もちろん、それも間違いではないのですが、
ここでは、少し意地悪をしてみました。

ここでは、物語を“科学的に論じ”ようとする場合、
比較的オーソドックスな、
物語の持つ形式や構造に着目する、という捉え方に
注目して論じていきたいと思います。

近年、そうした視点から物語について注目してきたのは、
文化人類学と社会学の二つです。

とはいえ、社会学と、文化人類学では、
おそらく、物語を分析するために用いる分析装置は、
同じルーツを持っています。

それは、ソシュールによる言語構造の分析にはじまり、
文化人類学において、レヴィストロースによって文化構造の分析にまで
応用されるに至った、構造主義的なアプローチのことです。

構造主義は、研究者たちが研究対象を捉える際の焦点を、
対象の実体や内容から、対象を含む構造や関係にシフトさせる
ことに成功しました。

つまり、彼らはそれまで、言葉や風習の内容を収集し、比較していましたが、
構造主義以後は、個々の言葉や風習が
言語や文化の中にどのように位置づけられ、
どのように構造化されているかを分析できるようになったのです。

一見でたらめに見えた異民族の風習が、
実はその背後に数式のごとく一貫した構造を持っていることを発見した、
レヴィ・ストロースの興奮たるや、いかばかりだったでしょうか。

文化人類学は、このような武器を持つことによって、
わが身を科学として証し立てていくことができたのです。

ですから、物語を構造主義的に分析する場合、
内容よりも、構造や、形式、関係が重視されます。

社会学においては、物語は、
コミュニケーションという行為を分析するために
クローズアップされていきました。

「あなた」に「わたし」のことを知ってもらうには、
「わたし」を指し示す記号を示すか、
「わたし」についての物語を語る以外に、
我々は方法を持っていません。

特に我々は、
お互いのことを知り、直接体験できない社会やその外の世界について
知るために、多くを物語の形式に依存しています。

なぜなら物語は、
記号と異なり、語られた対象を、
聞き手が実感し、追体験することを可能とするからです。

物語を「語る」プロセスは、
常に語り手と聞き手との共同作業の中で、
ふたりにとっての「現実」を構成していくと考えられます。

そこから、社会的現実を研究するために、
社会学において発展してきたのが、
ナラティブ・アプローチと呼ばれる方法です。

心理学においても、
質的研究を行うときには、
これらのふたつの潮流は無視することが出来ません。

文学において、構造主義的な視点から、
物語分析を試みたのは、フランスの批評家、ロラン・バルトですが、
他の学問と比較して、“科学性”にはあまり重きが置かれておらず、
方法論としてオーソドックスなものとはいえないようです。


【Q3】ナラティブについての問題

ナラティブを巡る以下の文章の中で、
内容の間違っているものはどれか。
最も適当なものを、選択肢の中から選びなさい。

 =============選択肢===========

  a. 物語を語ることを、ナラティブという。

  b. NBMは、近年盛んになってきた、
    ナラティブベイスドメディスンの略である。

  c. ナラティブアプローチは、
    社会構成主義へのアンチテーゼとして提唱された。

  d. ナラティブを重視するのは、
    ナラティブ・セラピストたちだけではない。

 ===========================


正解は、   【 c. 】

物語論は、近年、社会学や人類学、
また精神科医療や心理療法においても、重要な理論になりつつあります。

これまで、あえて「物語」という語を用いてきましたが、
ここでいう「ナラティブ」に対して、
もう少し裾野を広く取っておきたかったためです。

しかし、ナラティブという言葉には、
「物語」のほかに、「語り」という意味もあるため、
厳密には両者を区別したほうがいい場合もあり、
一般的には、「ナラティブ」というカタガナ語が用いられています。

ナラティブの定義は立場によっても様々ですが、
もともとは、人類学における、
昔話や神話の構造分析の流れを汲んでいるといわれます。

そして、

   ●終わりと始まりがある
   ●因果関係や時系列で並べられている


などを最低限の構造として持っています。

ここで重要なのは、
このテクストが、単なる文章や昔話にとどまらないということです。

我々は、日々あらゆる場面で自分や他人、様々な出来事を、
物語の形式でやり取りしていることから、
ナラティブアプローチは、
我々の社会におけるコミュニケーションそのものに、
大きく関わってくるのです。

この物語は、その場その場で話し手と受け手の間で形成されており、
あるときはAさんが悪者になり、
またあるときは、Bさんが悪者になる、という具合に、
「語り」方によって同じ出来事が、まったく異なる物語になります。

つまり、話し手の「語り」方によって、
同じ出来事にも無数のバリエーションがあることになり、
ここから、そもそも「現実」自体が、
社会的に構成されているフィクションである、
と考える、社会構成主義という考え方が出てくることになります。

この「現実」の中には、
物語の語り手である「わたし」自体も含まれます。

今ここにいる「わたし」は、
確固とした生物学的・実存的な確かさが存在していても、
社会的存在としては、他のフィクションと変わりなく、
語り、語られることでしか存在しないことになります。

ここに、精神科医療や心理療法における、
ナラティブの重要性があります。

患者の語る「わたし」についての物語に耳を傾けるということは、
患者とともにあるフィクションを形作り、
そのフィクションのルールを通して、
患者とかかわるということです。

そうしたフィクションについてのフロイトの洞察に立脚し、
ナラティブの次元で患者とかかわるのが、
ナラティブベイスドメディスンのあり方です。

それは当然、M・フーコーの看破したような、
社会における「患者」と「医者」というフィクション、
歴史における「病者」と「健常者」というフィクション、
などなど数多くのフィクションと、地続きになっています。

ですから、ナラティブベイスドの立場に立つということは、
実は個人の問題と同じくらい、社会や、歴史の問題に向かい合う
ということになります。

患者とは何か、病とは何か。

ナラティブベイスドに立つすぐれた医者ほど、
こうした問題について、著作を残しているのは、
そのような理由があります。

NBMに対する医療的立場として、
エビデンスベイスドメディスン(EBM)がありますが、
心理療法家は、当然ナラティブベイスドの立場を取らざるを得ません。

当然、これからますます社会的な問題に取り組まざるを得なく
なっていくと思われますが、
現時点では、この部分は、臨床心理士の苦手科目な気がします。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

   次回 【エッセイ号】… 9月12日(火)にお送りする予定です。
 ※ 次週9月5日(火)は休刊です。特別号が配信されることがあります。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


● 現代心理学「理論」辞典 中島義明 2001 朝倉書店

● Mind Hacks 実験で知る脳と心のシステム 2005 
  トム・スタッフォード 著 オライリージャパン

● ナラティブ・セラピーの世界 小森 康永 1999 日本評論社 

● 人生を物語る-生成のライフヒストリー- やまだようこ 編 2000
  ミネルヴァ書房

● あなたへの社会構成主義 ケネス・J・ガーゲン 2004 ナカニシヤ出版


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


そろそろ大学院では、9月入試が近づいてきています。

大学院が増えつつある現在だからこそ、
入学後に、自分に自信を持って専門の勉強に専念するためには、
基礎知識というバックグラウンドが欠かせません。

そして、入試だけをゴールに持ってくるのではなく、
自分がどのような臨床家として、
どのような現場で働きたいのか、
その目標をもう一度確認して欲しいと思います。

このメルマガは、
入試への最短ルートを急ぐ人からすれば、
道草のようなものかもしれません。

しかし、臨床活動という行為が、
単純に目標達成を競い、能率を追い求めるものでない以上、
今このメルマガを読んでいる皆さんは、
大学院に入る前からすでに、
ライバルたちの一歩先を行っていると言って
いいのではないかと思います。

この一歩は、小さいモノに思えるかもしれません。

しかし、大学院を出たからといって、
全員が歩んでいるとは言えない一歩なのです。


====================================================================
送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。

2006年8月22日火曜日

【Clip!アカデミー】第52回:問題号「心の物語図を立ち上げる」

【Clip! アカデミー】 第52回 2006/08/22
第2週 問題号「心の物語図を立ち上げる」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/

  
      ◆目次◆

            1)【前回のまとめ】
            2)【それでは問題です】
           【Q1】知覚に関する問題
           【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題
           【Q3】ナラティブに関する問題
              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】


==================================================================


   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
     心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
     無料心理学メールマガジンです。
   
            ■ 基本サイクル ■
            第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
 ※【今回はこちら!】 第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
         第3週「解説号」…確認とフィードバック
                 ↓
           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
               ↓
            ■ 第2サイクルへ続く ■

   ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ○


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


”こころ”を、様々な側面から捉えようと、
これまでいろいろな試みを行ってきた本メルマガですが、
前回から、心の物語的側面を追っています。


あやふやで、よく分からない”こころ”。

心理学は、”こころ”を対象にするといわれながら、
我々は、”こころ”がどのようなものか、
研究の対象としても、よく知りません。

もっとも、よく分かっていれば研究する必要もないわけですが、
よい研究をするには、
研究の対象を、どのように捉えるかに、
大きく影響されるのです。

それなのに、”こころ”はうまく捉えられないから、
研究しようとすると、困ってしまうのです。

そこで必要なのは、
先人たちが、どのような捉え方をしているか、
の全体像を、知っておくこと。

それが、心理学の基礎を学ぶということです。

その上で、自分がしたい捉え方は、
そのどこに位置付くのかを考えること。

これが、心理学の中に身を置く、
ということになるでしょう。

このメルマガが、
その一助になればと考えています。

前回エッセイ号では、
”こころ”の在り様を、物語という側面から捉えるための、
全体的なイメージを取り上げました。

今回の問題号では、
そうした見方を裏付けるような、
基本事項を取り上げた問題をお届けします。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【それでは問題です。】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【Q1】知覚に関する問題

ヘルムホルツが著作「」で提唱し、
現在でも支持されている概念を、
以下の選択肢から選びなさい。

     ======選択肢======

      a.知覚的推論
      b. 潜在的知覚
      c. エコロジカルアプローチ

     ===============


【Q2】物語論の学問的根拠に関する問題

物語について、科学的に論じようとする場合、
依拠できる学問領域はどれか。
次の選択肢のうちから、もっとも適当ではないものを、
ひとつ選びなさい。

     ===選択肢===
 
      a.文化人類学
      b.文学
      c.社会学
      d.言語学

     =========


【Q3】ナラティブについての問題

ナラティブを巡る以下の文章の中で、
内容の間違っているものはどれか。
最も適当なものを、選択肢の中から選びなさい。

 =============選択肢===========

  a. 物語を語ることを、ナラティブという。

  b. NBMは、近年盛んになってきた、
    ナラティブベイスドメディスンの略である。

  c. ナラティブアプローチは、
    社会構成主義へのアンチテーゼとして提唱された。

  d. ナラティブを重視するのは、
    ナラティブ・セラピストたちだけではない。

 ===========================
 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

   次回 【解説号】… 8月29日(火)にお送りする予定です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ● 現代心理学「理論」辞典 中島義明 2001 朝倉書店

 ● Mind Hacks 実験で知る脳と心のシステム 2005 
   トム・スタッフォード 著 オライリージャパン

 ● ナラティブ・セラピーの世界 小森 康永 1999 日本評論社 

 ● 人生を物語る-生成のライフヒストリー- やまだようこ 編 2000
   ミネルヴァ書房

 ● あなたへの社会構成主義 ケネス・J・ガーゲン 2004 ナカニシヤ出版

 ● わかりたいあなたのための現代思想・入門 小阪 修平 志賀 隆生 
   竹田 青嗣著 2000 宝島社
 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


語る、という行為は、
社会的な行為といて我々の全生活に関わってくる行為です。

だからこそ、
人間の心の在り様そのものに関わってくるほど、
大きな視点になるのですが、
実は、臨床心理学でいうと、マイナーな視点になるかと思います。

逆に、社会学的、思想的な訓練を受けている、
社会学者や人類学者は、
こうした視点から、臨床行為に対して、
発言をし始めています。

社会という大きな場の中に、
現在の心理学がどのように位置付くか、
これも諸説入り乱れる難しい問題ですが、
心理学を学ぶ人間ひとりひとりが考える必要が
あることだと思います。

ただし、その場合、
あくまで現場や、
クライエントに何を提示できるか、
という足場から離れないことが、
現場で働く心理の専門家には求められているのではないでしょうか。

====================================================================
送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。

2006年8月15日火曜日

【Clip!アカデミー】第51回:新章突入!エッセイ号「心の物語図の立ち上げる

【Clip! アカデミー】 第51回 2006/8/15
第1週 新章突入!エッセイ号「心の物語図を立ち上げる」

◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/
  
      ◆目次◆

            1)【新章突入!】
            2)【内面からの視座】
            3)【構成された知覚】
            4)【自分についての物語】
            5)【物語=フィクションの意味】
            6)【フィクションの論理】
              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】

 ※文中の図が正しく表示されない場合、等幅フォントでご覧ください※

==================================================================


   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
     心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
     無料心理学メールマガジンです。
   
            ■ 基本サイクル ■ 
 ※【今回はこちら!】 第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
            第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
         第3週「解説号」…確認とフィードバック
                 ↓
           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
               ↓
            ■ 第2サイクルへ続く ■

   ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ○


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【新サイクル突入!】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

心理学が対象としている”こころ”なるものは、
これまで一貫したパラダイム(思考の枠組み)によって
統一されることはありませんでした。

心理学が、ヴントによって正式に
近代学問の仲間入りをしてから、
”こころ”の捉え方は、心理学の発展と共にむしろ多様化し、
一望できないほどに複雑に入り組みつつ成立しています。

そのために、
心理学の基本的な知識を手に入れただけでは、
心理学の射程や、考え方、その全体的なイメージを
把握しにくいという難点があります。

そして、心理学のこうした特徴は、
一面的な見方では捉えきれないという、
”こころ”それ自体のあり方を表しているということができます。

本メルマガでは、
”こころ”を様々な角度から捉える試みを通して、
心理学の基礎を勉強する皆さんに、
複雑に入り組んだ心理学の様々な側面
について、より立体的なイメージを持ち、
厚みを持った”こころ”の理解に役立ててもらうことを目的としています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【内面からの視座】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


前回の解説号「心の関係図の行き先」まで、
43回~50回の9回にわたって、
”こころ”を関係性という観点から捉える試みを行ってきました。

これまでは、客観的な視座から”こころ”を
捉えようと試みてきました。

これまで見た来たような同じ”こころ”の在り様を、
今度は内側から、個人の体験を通して捉えることはできないでしょうか。

そこで、今回取り上げたいのは、
こころの物語的な側面です。

こころの物語的側面とは、なんでしょうか。

こころをコンピューターに例えてみると、
大脳や身体はハードウェアに例えられます。

認知過程や潜在意識は、
OSや、個々のソフトウェアの働きに例えられるかもしれない。

しかし、これらをすべてまとめても、
我々にとっての“こころ”は、その全体像を我々に見せてはくれません。

なぜなら、我々はコンピューターを外から観察しているわけではなくて、
コンピューターの内側からその全体像を捉えようとしているからです。

我々は、このコンピューターの全体像について、
様々な物語をこしらえます。

そしてまた、自分自身についても、様々な物語をこしらえています。

いや、我々は、コンピューターの中でこしらえられた、
様々な物語の中で生きている、
といってもいいかもしれません。

今回の、こころの物語的側面は、
これまで外から見てきた“こころ”なるものを、
内側から、捉えてみようという試みです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3)【構成された知覚】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


世界に関する情報を編集し、
一定の構造と筋書きに沿って並べたもの、
という意味では、
我々の知覚過程さえ、すでに外界と我々の間にあって、
ある物語を差し出している、とさえいます。

それは、皆さんが学んできたように、
外界について捉えられた感覚情報は、
我々が認識するまでに、
多くを捨てられ、加工され、編集されているからです。

このことを始めて概念として提唱したのは
エビングハウスですが、
認知科学や大脳生理学においては、
この知覚の過程はいまだに研究対象として充分興味深いものです。

ここでは、こうした自然科学的な研究結果を、
主観的な視点から捉えなおしてみます。

つまり、我々から見れば、
我々が目を使って景色を見る、というプロセスでさえ、
我々がその風景に関する物語を手にする、
あるいは、TV番組で、トルコのカッバドギアに関する
ドキュメンタリーを見る、という行為と、
非常に大雑把ながら、
本質的な差はないということになります。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
4)【自分についての物語】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


そしてまた我々は、逆に、物語を受け取るのではなく、
物語を創造し、語ることもあります。

たとえば就職活動、入学試験、あるいはカウンセリング場面において、
「自分」について、あるいは「これまでの人生」について、
「これからの人生」についての物語を、語らざるを得ない場合があります。

「自分」は誰か、
「これまでの人生」「これからの人生」はどのようなものか。

よく考えれば、
こうした自己PRや志望動機、でさえ、
厳密にはフィクションです。

なぜなら、どんなに語りつくしても、
これらの物語が、「自分」のすべてを明らかにしてくれることは、
ついにないからです。

以前、NHKのドキュメンタリー番組が、
やらせをしていたということで、問題になったことがありました。

現在では、TV番組を見るという行為において、
「これ、やらせ(しこみ)じゃない?」
という構えが、視聴者の方にも出来ています。

しかしもともと、
現実におきたこと(ノンフィクション)に、
なんらかの編集を加え、起承転結や盛り上がりなど、
なんらかの構造を与えた時点で、
それはノン-フィクションとは言い得ないのです。

その意味で、
あらゆる物語はフィクションであるし、
我々の知覚や、人生脚本、「自分」でさえ、
フィクションである、という言い方が、
けっして強引な論理とはいえなくなってきます。

我々が自覚している「自分」や「人生」とは、
コンピューターの中で起動しているRPGゲームの主人公や、
彼らの物語のようなものなのかもしれません。

すくなくとも、こころの物語的な側面は、
そのハードウェアやソフトウェア的な側面の存在に依存しつつも、
別個の論理の元に存在している、ということがいえるでしょう。

そして、人間のこころが、既存の物理法則では理解できない論理に、
基づいているように見えるからこそ、
心理学という学問があるのだともいうことができます。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
5)【物語=フィクションの意味】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


フィクションとノンフィクションの間に、
厳密な意味では違いがなかったり、
それ以上に、「自分」や「人生」がフィクションと
何の違いもない、といわれると、
たいていの人は、非常に不安になります。

確かだと思っていた土台が、
はずされたような気持ちになるからです。

不安のあまり、否定しようとする人もいるでしょう。

むしろ、それが健康な心の在り様かもしれません。

しかし、そうした健康さに背を向けて、
自分たちの寄って建つ土台に目を向け、
あわよくば解体して分析してしまおうと考えること。

それが、心理学を含めた、
人間を対象とする学問の、ひとつの性質であることは、
覚えておいたほうが良いのではないかと思います。

NHKの一件は、
その意味で、非常に示唆に富んでいます。

それは、科学さえ
フィクションの例外にすることはできないということです。

物理学における発見、
たとえば最近で言えば、ノーベル賞を受賞した小柴博士の、
ニュートリノ発見は、
ニュートリノという物質が存在する、
という点ではフィクションとはいえません。

理論物理学から導き出された仮説どおりに、
実験装置にニュートリノが検出されたためです。

しかし、パーソナリティやアイデンティティ、
またはフロイトの無意識といった、
仮説的構成概念になってくると、
その境目は非常にあいまいになってきます。

ある人の内気な行動が、
内向性というパーソナリティ特性から来たものか、
「自分は内気な人間だ」というセルフスキーマ、
もしくはアイデンティティのあり方からくるものかは、
結局現時点ではハッキリ分からないからです。

とはいえ、
もし、心理学がフィクションであっても、
心理学が研究され、パーソナリティやアイデンティティ、
無意識について研究されることには意味があります。

それは、
我々の寄って建つ土台が例えフィクションであっても、
そこには意味があるのだ、
というのと同じです。

例えフィクションでも、何もないということではない、
と考えること。

そのフィクションに存在する力を信じること。

それは、フィクションを、
実体的な存在と信じることとは違います。

フィクションを実体的な存在であると
信じることは、宗教の領域です。

我々が信じるべきは、
たとえ土台がフィクションであっても、
そのフィクションによって我々が現に支えられているのだ、
ということです。

ばからしいけれど、単にこれだけのことです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
6)【フィクションの論理】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

心理学は、
これまでも常に、科学的根拠があるのかないのか、
すなわち、心理学は科学なのか、
という疑問にさいなまれてきました。

科学としての心理学は、
古くは行動主義、現在では認知主義に代表されます。

一方で、心理療法やカウンセリングにおいて参照される、
臨床心理学や、精神分析に連なる心理療法の系譜は、
科学的な心理学であろうとすることに、
どこか葛藤しているところがあります。

自分たちの研究対象がフィクションの領域から
抜けられないこと、フィクションにはフィクションの論理があり、
それは自然科学における論理では理解できない。

とはいえ、科学的であることをやめたら、
いったいどこに、学問としての根拠を見出したら良いのか?
という不安があるのかもしれない。

あるいは、
フィクションを実体とみなしながら、
それがフィクションであると指摘されるのが怖くて、
科学的な検証を避けているところがあるのかもしれません。

いずれにしても、心理学が、
あるいは、臨床心理学が、
これからもっと社会に認められるようになるまでは、
新しい学問のあり方を模索するだけでなく、
もうすこしふてぶてしく、
開き直ることが必要なようにも思えます。

それはさておき、
これから9回にわたって、
こうしたフィクションの持つ論理について検討していく中から、
物語としての心について、考えていきたいと思います。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

   次回 【問題号】… 8月22日(火)にお送りする予定です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


● ナラティブの臨床社会学 野口裕二 2005 勁草書房

● 人生を物語る-生成のライフヒストリー- やまだようこ 編 2000
  ミネルヴァ書房

● 現代心理学「理論」辞典 中島義明 2001 朝倉書店

● Mind Hacks 実験で知る脳と心のシステム 2005 トム・スタッフォード
  著 オライリージャパン


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


これからは、物語を中心に、
話を進めていきたいと思います。

物語について論じていくと、
次第に科学的検証の及ばない領域まで
話が及んでいくことになります。

しかし、心理療法は、
主にこのような領域で展開されるものであり、
また、世界や、我々自身についての
捉え方の幅を、広げてくれるものでもあります。

しばしお付き合いをお願いしたいと思います。

8月も半ばを過ぎました。

院受験を控えている方たちは、
これからがラストスパートです。

今のうちに、息継ぎをしておきましょう。

====================================================================
送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。

2006年8月1日火曜日

【Clip!アカデミー】第50回:解説号「心の関係図の行き先」

【Clip! アカデミー】 第50回 2006/08/01
第3週 解説号「心の関係図の行き先」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/


  
      ◆目次◆

            1)【前回のまとめ】
            2)【問題の解説】
          【Q1】集団の力学に関する問題
          【Q2】集団の研究法についての問題
          【Q3】集団と学問領域に関する問題
              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】



==================================================================


   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

    ◆ 【Clip!アカデミー】は、
     心理用語を紹介するだけの従来の心理系メルマガとは異なる、
     1ヶ月(3週)1サイクルで完結するユニークな
     無料心理学メールマガジンです。
   
            ■ 基本サイクル ■
            第1週「エッセイ号」…問題提起
                 ↓
            第2週「問題号」…練習問題 
      ↓
 ※【今回はこちら!】 第3週「解説号」…確認とフィードバック
                 ↓
           第4週 基本的にお休み
         (特別号が配信される場合があります)
               ↓
            ■ 第2サイクルへ続く ■

   ○ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ○

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
臨床心理士指定大学院DATA BOOK完成!】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今年度も、
臨床心理士指定大学院に関する情報を網羅した、

    【臨床心理士指定大学院DATABOOK】2006年度版

が完成しました!


通常のガイドブックと異なり、

●各大学院ごとの就職先、
●実習設備の年間ケース数、
●受験窓口担当者から受験者に求めること…などなど、

受験生が本当に知りたい内部情報満載でお届けしています。

今年度は、去年よりもさらによいモノに仕上がっていると
自負しています。

受講生の方は、
今すぐメーリングリストをチェックしてみてください。


※現時点では、
 臨床心理士指定大学院受験予備校の受講生の方のみ、
 ダウンロードのご案内を差し上げていますが、
 希望者が多数の場合、できるだけ多くの方にご覧いただけるよう、
 検討していきたいと思います。

受講生以外でご覧になりたい方は、
以下のアドレスまでお問い合わせください。

info@clinicalpsychology.jp


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1)【前回のまとめ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前々回のエッセイ号では、
関係性の議論の中で、
関係性には大まかなパターンはあるものの、
常に、パターンから予測される結果を外れるような意外性、
遊びが存在している、と指摘しました。

関係性のこうした特徴が失われる、
すなわち、パターンから外れるような遊びがなくなると、
パターンは硬直し、Aという刺激にはBという反応、
という特定のパターンが、
様々な側面に見られるようになります。

心理療法は、
こころの様々な側面に見られる、
このような特定のパターンに注目し、
治療に用いています。

今回解説号で、その詳細について、
もう少し詳細な事項を論じていきましょう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2)【問題の解説】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【Q1】認知過程に関する問題

心理療法において、
【認知過程】に生じる硬直したパターンとみなすことができないものは、
以下のうちどれか。もっとも適当と思われる選択肢を挙げなさい。

   ====選択肢====

    a. 過度の一般化
    b. 原因帰属
    c. 二分割思考
    d. 自己関連付け

   ===========


正解は、   【 b. 】


硬直したパターンの例として、
認知療法において論じられてきた自動思考についての問題です。

選択肢に挙げた例が、
認知療法において、認知の歪み、自動思考、スキーマ
として知られているものです。

認知療法では、気分障害を中心として、
精神疾患の原因を本人の認知過程の中に求めます。

外界を認識し、情報を処理して、
適切な行動を取る。

原因帰属の過程は、
この中でも、出来事の原因を何に求めるか、
自分や他者の行為の理由を推論するために用いられます。

お皿が割れてしまったのはなぜか、
夫が怒っているのはなぜか。

原因を自分の内的な属性(臆病さ、そそっかしさ)
に帰属すれば、自分を責めることになるし、
他者に帰属すれば(夫は怒りっぽい)、
逆に相手に怒りを感じるでしょう。

つまり、日常生活におけるエピソードや、
自分や他人の行為を、どのように考え、
どのような意味づけをし、受け止めるかが、
精神疾患を引き起こすと考える訳です。

社会心理学においては、
ハイダーに始まる帰属理論の研究から、
気分障害に関して様々なモデルが提唱され、
認知療法を始め、心理療法に寄与していますが、
原因帰属自体が精神疾患を生じるという研究結果はありません。

よって、【 b. 】が正解です。

中でも、気分障害に特有の考え方(認知の様式)として、

●過度の一般化(たとえば、ひとりの人に指摘された欠点を、
すべての人から指摘されたように受け止めてしまう)
●自己関連付け(物事の失敗の原因を、すべて自分に結び付けてしまう)
●二分割思考(結果をゼロか100か、でしか判断しない)

などが良く知られています。

これらの考え方は、
日常において、誰もが経験のある考え方であり、
特別な考え方というわけではありません。

その意味で、
気分障害の状態にある人と、そうでない人との間に、
違いはありません。

ただ、気分障害に陥りやすい人、
もしくは、気分障害という診断を受けている人は、
常に、と言って良いほど、日常の出来事を、
同じ認知の枠組みを通して受け止めている。

非常に硬直したパターンを、
繰り返しなぞり続け、外に出られないことで、
脳内のホルモンバランスなど、様々な部分にも
支障を来たしている状態と考えられそうです。


【Q2】例外に関する問題

短期療法において重視される「例外」とは、
どのような状況を指すか。
以下の選択肢の中から、もっとも不適切なものを選びなさい。

 ===========選択肢===============

  a. 授業参観中、母親の前では給食を食べることが出来た。
  b. 家族との関係は悪いが、叔父との関係は良い。
  c. 子どもは嫌いだが、口では「好きだ」という。

 =============================


正解は、   【 c. 】
…【 c. 】は、ベイトソンの提唱した、ダブルバインドの例です。


心理療法では、関係性の持つ特徴を、
様々な形で治療に応用していると考えられますが、
短期療法における「例外」という概念は、
その中でも、非常に興味深い発想をしています。

短期療法では、
相談者が困っていること(問題状況)は、
家族、あるいは相談者自身が繰り返している、
特有の行動のパターンによって維持されているとかんがえます。

そうでなければ、
たまたま給食の時間にお腹が痛くなっても、
放っておけば、そのうち問題状況は変化し、
なくなっているはずだからです。

実際、ほとんどの場合は
意識せずにそうなっていると考えます。

こうした悪循環を断ち切るための手段として
持ちいられるのが、「例外」探しと呼ばれる方法です。

悪循環が維持されるには、
たとえば給食の時間になると決まってお腹が痛くなる、
というように、同じきっかけに対して、
同じ反応が生じる必要があります。

しかしもともと、
関係性のパターンは、
常にパターンを裏切るような例外性に満ちているものです。

それは、一見硬直したパターンにおいても、
よく探すと存在するはずである、と考えるわけです。

よく思い出してみると、
給食の時間は、いつもお腹が痛くなるが、
たまたま授業参観で母親が見に来ていたときは、
お腹が痛くならずに、給食を食べることができていた。

こうした例外が見つかると、
もう一度母親にそばにいてもらえないか、
とか、母親がそばにいるときのような安心感を
与えるにはどうしたら良いか、とか、
様々な方策を立てることができるようになります。

短期療法では、
ミラクルクエスチョン、スケーリングクエスチョンといった
問いかけを用いて、
徹底的に「例外」を探したり、作り出したりすることで、
硬直したパターンを突き崩し、問題状況に影響を与えようとします。

単純に技法だけを流用してもうまくいかないことが
多いようですが、
「例外」をめぐるこうした発想は、
我々が論じてきた関係性についてのイメージを膨らませるためには、
役に立つのではないでしょうか。


【Q3】集団の性質に関する問題

A~Dにあげた集団を、
目的達成の機能が強い順に並べた場合、
もっとも適当なものを、以下の選択肢から選びなさい。

A サークル B 家族 C 軍隊 D エンカウンターグループ

   ========選択肢======
  
     強い←目的達成機能→弱い
  
    a. A > B > C > D
    b. A > C > D > B
    c. C > B > A > D
    d. C > A > B > D
  
   =================


正解は、   【 d. 】


AとCは、目的達成のための集団といえます。

まず、なんらかの目的があり、
それを達成するために、集団を構成するわけです。

この場合集団は、目的を達成するための、
様々な集団規範や組織構造を発達させていきます。

個人は、こうした集団規範や組織構造の中で、
決められた役割を果たすことを求められます。

こうした集団においては、
個々人の間の関係性は、排除されないまでも、
目的達成機能を損なう要因と考えられることが多いようです。

たとえば軍隊においては、
個々人の間には、階級という厳密な地位構造があります。

士官と兵士は、命令を与えるものと、従うもの、
という役割関係以外のものを、
関係性の中に持ち込むことを許されません。

豊かな関係性が生じている集団では、
個々人の間に、役割の違いがある場合でも、
様々な形で生じる例外や関係性の揺らぎがあることによって、
集団の中に変化が持ち込まれます。

上司と部下の間での冗談は、
一瞬、役割関係を超えた、対等な者同士の
心の交流を作り出すかもしれません。

しかし、関係性が硬直した集団では、
こうした関係性の揺らぎは生じません。

上官はあくまで上官であり、
兵士はあくまで兵士です。

軍隊やサークルは、
目的達成のための集団といえますが、
家族やエンカウンターグループは、
そもそも目的達成のために存在する集団ではありません。

もちろん、家族にもエンカウンターグループにも、
様々な目的がありますが、
それは結果的に達成されるだけで、
明確に追い求められることはありません。

こうした集団においては、
組織構造や集団規範は意図的にデザインされ、
構築されるわけではなくて、
個々人の関係性や必然性から、
自然に発生してきたものが採用されることになります。

逆に、こうした集団の関係性が硬直するのは、
目的が明確になりすぎる場合です。

家族が、「子どもを育てる」ことのみを目的として、
それを達成するための集団になれば、
そこには様々な弊害が生じてくるでしょう。

たとえば、常に子どもが優先され、
夫婦関係が二の次にされれば、
夫が浮気に走ることになるかもしれません。

「人格の変化」だけを追求するエンカウンターグループは、
個々のメンバーに、
人格の変化を強要することになるかもしれません。

個人で考えた場合、
人間という存在自体、
なんらかの目的を達成するために
存在しているわけではありません。

種の繁栄や遺伝子の運搬、
幸せや社会的成功といった目的も、
人間が、後付けで考え出した目的です。

目的を明確に定義し、
その達成に向けてすべてを研ぎ澄ませていくことは、
もちろん個人の生き方としてはありですが、
一面で、自分を脆く、弱くしていくことでもある、
ということは、覚悟されるべきことです。

心理学、特に臨床心理学では、
人間の中にある揺らぎ、遊びの部分に注意を向け、
変化する柔軟な存在として人間を捉えることが求められて
いるとはいえないでしょうか。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次回配信】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


   次回 【エッセイ号】… 8月15日(火)にお送りする予定です。
※ 次週8月8日(火)は休刊です。特別号が配信されることがあります。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【参考文献】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


● こころが晴れるノート―うつと不安の認知療法自習帳 大野 裕 著
  2003 創元社

● 家族内パラドックス 長谷川啓三著 1987 彩古書房 

● エンカウンター・グループ 人間信頼の原点を求めて 
  カール・ロジャーズ著 畠瀬稔訳 畠瀬直子訳 1973 ダイヤモンド社


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【編集後記】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●今回、ひそかに50回を迎えました。

1年間以上に渡って続けてきた本メルマガですが、
伝えたいメッセージは変わっていません。

ただ、内容の方は、
かなり変わってきていると思います。

最近購読を始めた方は、
以前のバックナンバーも、ご覧になってみてください。

●DATE BOOK、今年度版が完成しました!

各大学院への質問項目は、
大学院受験の経験者たちが、
「自分たちが欲しかった」「あると役に立った」
という観点から厳選しています。

今回は、前回の項目に多少変更を加え、
例えば、就職先であれば、
医療分野や教育分野、博士課程など、
どのような分野に進む卒業生が多いのかが、
パーセンテージで分かるようになっています。

自分の将来働きたい領域を念頭において、
大学院選びができる形になっているわけです。


====================================================================
送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。