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2006年7月18日火曜日

【Clip!アカデミー】第48回:エッセイ号「心の関係図の行き先」

【Clip! アカデミー】 第48回 2006/7/18
第1週 エッセイ号「心の関係図の行き先」

◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座
  http://www.clinicalpsychology.jp/

  
      ◆目次◆

            1)【前回のまとめ】
            2)【関係性について、再確認】
            3)【パターンとゆらぎ】
            4)【関係性の在り様】
            5)【個人の心的プロセスにおける関係性】
            6)【関係性はどこにあるのか】
            7)【【身体】における関係性】
            8)【関係性としてのこころ】
              【次回配信日】
              【参考文献】
              【編集後記】


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   ○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○

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            ■ 基本サイクル ■
 ※【今回はこちら!】 第1週「エッセイ号」…問題提起
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               ↓
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1)【前回のまとめ】
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心の関係図の検討も、今回で3回目になります。

今回エッセイ号では、
仮に立てた図式である心の関係図を相対化する中で、
その欠点と限界について検討していきたいと思います。

これまでの心の関係図の検討においては、
関係としてのこころ、を探るために、
集団について検討してきました。

●心の関係図2
==========================
個人1
↑↓           規範  
個人2(→ 関係性 )→     → 集団文化
↑↓    =+α    構造
個人N
==========================

その中で、集団はそれを構成する個人の総和以上の存在であること、
そして、集団の中でうまく捉えることが難しい、
個々人の間の関係性の部分こそ、
その総和以上の部分、すなわち、+αの部分なのではないか、
という問いを発見したのでした。

問いを発見したというのは、
ここでは、それ以上の検討が出来ないためです。

エッセイ号は、
あくまで読者の皆さんの中にある心理学のイメージを、
様々な角度から検討することで、
豊かに、自由に膨らませることを目的としています。

 「もしかしたら、こんな風にも見えるのではないか」

そのような視点や問いに結びついてこそ、
知識は人間の一部になる。

現場に出て、異業種の同僚や、クライエントの人たちに、
平板な知識や技法を押し付けないためにも、
知識ではなく、心理学の持つ、
モノの見方を身に付けるように心がけましょう。

話がそれました。

心の関係図の中で、関係性という言葉で表現した部分。

集団が、心のメタファーになりうるとしたら、
関係性とは、いったい心のどのような側面を捉えているのでしょうか。

今回は、そこから論を進めて行きましょう。



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2)【関係性について、再確認】
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関係性について、もう一度まとめてみましょう。

●心の関係図2
==========================
個人1
↑↓           規範  
個人2(→ 関係性 )→     → 集団文化
↑↓    =+α    構造
個人N
==========================

関係性は、客観的に把握しにくい部分です。

集団においては、集団の維持と、目的達成のために、
個人と個人の間で多くの相互作用が生じています。

ここでの関係性とは、
いうなればこの継続的な相互作用に現れる、
なんらかのパターンのようなものです。

家族を例に取りましょう。

あなたが、帰宅すると着替えてすぐ、
居間に座ってテレビをつける、という習慣を持っている
とします。

居間に座ったとたん、「…はぁ」とため息とついたとき、
「何かあったの?」と聞いてきたのは誰でしょうか。

それは、お母さんかもしれないし、旦那や奥さん、
兄弟かもしれません。

一人暮らしの方なら、猫かもしれませんね。

ここに、関係性のパターンの一端が現れています。

あなたは、居間に座ってため息をつけば、
誰かがその理由を尋ねてくれることを、
どこかで予測していたからこそ、ため息をついたのです。

家族療法や短期療法では、
こうした家族関係のパターンの中でも、
悪循環と呼ばれる、
問題を維持する方向に生じているパターンに注目することがあります。

交流分析において、ゲームとよばれる概念も、
こうした硬直したパターンをうまく表現しています。


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3)【パターンとゆらぎ】
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しかし、パターンという言葉に、
あまりこだわらないようにしましょう。

なぜなら、
あまりに明確なパターンは、
関係性のあり方としては、自然なものではないからです。

   「彼女は彼が彼女を欲することを欲する
     彼は彼女が彼を欲することを欲する

    彼に彼女を欲せしめるために
     彼女は彼を欲するふりをする

    彼女に彼を欲せしめるために
     彼は彼女を欲するふりをする。」
        「結ぼれ」(R.D.レイン;1997)より


ここに取り上げた「彼」と「彼女」のパターンは、
構造としては非常にシンプルです。

   相手から求められたいために、
   相手を求めるふりをする。
   ↓        ↑
   相手が自分を求める「ふり」をしているのを見ると、
   自分を本当に求めていないのかと感じる。

彼らは、もはや硬直したパターンから逃れられず、
堂々巡りを繰り返す関係性の泥沼にはまり込んでいます。

しかし、
逆に健康な集団、個人においては、
関係性はこのように明確なパターンとして取り出すことが出来ません。

全体としてはおぼろげなパターンらしきものがありながら、
もっとあいまいで、わかりづらく、常に流動している。

なぜかというと、
継続的な関係においては、ある働きかけをするさい、
相手がどのような反応をするかをある程度予測することができます。

とはいえ、予測が当たるかどうかは、
実際に働きかけをしてみるまで分からない。

そのため、全体としてはパターンがありつつ(=予測可能)、
結果には、一定の揺らぎや遊びが生じることになるのです。

全体としては相互作用のあり方や結果が、
一定のパターンを持っているのに、
アウトプットは多様になるところに、
関係性の自然で豊かなあり方があるのだといえるでしょう。

こうしたゆらぎは、
なかなか統計的手続きによって、
表現することが困難なように感じます。

現在広く用いられている統計的手続きは、
あいまいな例外を切り捨てることで、
存在するパターンを強調して、
明確なものとして取り出すことを目的としているためです。


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4)【関係性の在り様】
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このため、集団内における個々人間の関係性を、
明確に同定しようとすればするほど、
自然な関係性とはかけ離れていくことになります。

先ほどのように、明確に取り出すことの出来るのは、
硬直し、機能不全に陥った関係性だけだからです。

関係性を明確に同定しようとすればするほど、
自然な関係性から離れていく。

これがおそらく、関係性という側面の、
研究が難しい理由だといえるでしょう。

そして、無理に一般化可能な統計上の結果や、
再現可能な法則性を求めれば、一部の病的なパターンを、
人間の関係性全体に当てはめることにもなりかねません。

我々は、健康な人々について、
まだ多くを知らないのだということは、
常に意識しておく必要があります。


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5)【個人の心的プロセスにおける関係性】
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これを承知の上で、
個人の心的プロセスにおいて、
関係性がどのように存在しているか、
について検討してみましょう。

まず単純に、個人と集団を、
比較してみたいと思います。

実際は、集団と個人が一対一で対応するわけがないし、
似ていないところを切り捨てることで、
先ほどのように関係性の特性を損ないかねない危険性があります。

それでも、心理学に統計的手続きが必要なように、
関係性について、なんらかのイメージを
喚起するためには、
我々には比喩と比較が必要なのです。


●心の関係図(仮)
  ==========================
  個人1                       |
  ↑↓           規範           |
  個人2(→ 関係性 )→     → 集団文化   | ⇔ 外部
  ↑↓    =+α    構造           |
  個人N                       |
  ==========================
●心の構造図(仮)
 ┏━━┳━━━━━━┳━━━━┳━━━━┳━━━╋━━┓
 ┃  ┃      |    |    ┃   ┃  |
 ┃ ┃   知覚 | | ┃  ┃ |
 ┃意識┃ゲシュタルト|潜在意識|認知過程┃身体 ┃行動| ⇔ 外部
 ┃  ┃      |    |    ┃   ┃  |
 ┃ ┃ | | ┃  ┃ |
 ┗━━┻━━━━━━┻━━━━┻━━━━┻━━━╋━━┛    
  ※ 心の構造図については、第4回「心の側面をどう捉えるか」
    を参照のこと。

http://k.d.mail-magazine.co.jp/t/k9wv/50nm88z01a6qjphz37

個人の内的な側面の中では、個人や関係性、規範・構造、集団文化に
あたるのは、どのような側面でしょう。

●個人→【身体】…個人や集団を形作る、もっとも基本的な側面。
    【行動】…観察可能で、もっとも基本的な側面。

●規範・構造→【認知過程】…コンピューターにおけるプログラムのように、
              個人や集団の働きを支えている側面。

この辺までは、納得してくれる人も多いのではないでしょうか。

●集団文化→【人格】…このへんになると、あやしくなってきます。
           「その人らしさ」な部分、といえるでしょうか。

ほかにも、ヴントらが活躍した時代には、集団にも、
個人の【意識】にあたる、
「集団心」「民族心」「集団表象」といったものが
想定されていました。

関係性は、どこにあたるのでしょうか。

【知覚・ゲシュタルト】か、
【潜在意識】か、あるいは【意識】の側面か。

どれもしっくりきません。

無理にこじつけると、
科学もどき、の世界に突入してしまいそうです。


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6)【関係性はどこにあるのか】
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…行き詰ってしましました。

このあたりが、心の関係性図の限界かもしれません。

もう一度、関係性のイメージに立ち戻って
考えてみましょう。

集団において、
関係性は、継続的な相互作用に現れるパターンであって、
しかも、全体としてはパターンがあるようにみえつつも、
常にゆらぎ、流動しているような存在でした。

これは、個人の内部では、
どのような部分に現れているでしょうか。

とここまで論を進めると、
関係性を、人間を形作る部品のひとつにように
扱うこと自体が、まちがいのように見えてきました。

たとえば、
関係性とは、【身体】や【行動】【認知過程】など、
個人の様々な側面における、
様々な相互作用の中に生じているものなのかもしれません。


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7)【身体】における関係性
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【身体】を例にとって検討してみましょう。

身体動作に対する、
心理療法的アプローチとして、
一定の成果をあげている臨床動作法(動作療法)では、
個人の身体運用の結果として生じる、
慢性緊張を重視します。

「肩に力が入っている」という慣用句にあるように、
心理的な緊張をすると、
肩の筋肉が不当に緊張することは、
多くの人が体験することです。

しかし、何をするにも、常に肩の筋肉が緊張する、
すなわち、慢性緊張になるということは、
その人の、身体の動かし方に、
非常に明確で、しかも硬直したパターンがある、
と考えることが出来ます。

この場合、
たとえば歯磨きをするときでも、
歯を磨こうという意図から始まって、
歯を磨くという一連の協調運動の中に、
肩に力を入れるというプロセスが紛れ込んでいる。

協調運動という、
様々な感覚器、神経系、筋肉の間の無数の相互作用
によって達成される運動が、無数に繰り返される。

協調運動自体は、
【身体】だけでなく、
【認知過程】や【行動】など、
様々な側面が関与することで行われるプロセスですが、
どうやら、そのパターンの一端が、
【身体】の側面に現れる、
と考えることが出来そうです。

そう考えると、
認知療法でよく知られているようなうつ病特有の認知の偏りも、
【認知過程】の側面に現れた硬直したパターンの一端である、
と考えることができるかもしれません。


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8)【関係性としてのこころ】
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7)【身体】における関係性

関係性とは、なんらかの要素の間で、
継続的な相互作用が生じているときの、
パターンの在り様ということができます。

個人と個人の間の、
コミュニケーションの在り様を人間関係といいます。

個人の内的プロセスにおいても、
様々な要素が無数の相互作用を行っています。

そうした相互作用のパターンの在り様を、
関係性としてのこころ、ということができるでしょう。

そして、そうしたパターンは、
ある程度規則性がありつつも、揺らぎや遊びによって、
幅があり、必ずしも同じような結果を生み出さない。


個人における関係性というものを検討してみると、
心理学の中でも、特に心理療法の概念の中に、
参考になるものが多くあることは、
興味深い点です。

特に、治療機序、
すなわち治療が効果を発揮するメカニズムに、
深く関与しているのです。

集団に生じる問題も、
問題を維持している硬直したパターン=悪循環を、
効果的に断ち切ることで、
解消されると説明されます。

臨床動作法では、慢性緊張をすぐに解消することを
直接目指すわけではありませんが、
問題に関わる身体の動かし方のクセ=パターンを見抜き、
そのパターンを、動作課題を通じて変えていくことで、
クライエントの体験世界自体が変容し、
問題の解消につながっていくと考えるわけです。

認知療法が、
過度の一般化、自己関連付け、二分割思考など、
認知の歪み、自動思考などと呼ばれる、
うつ病患者などによく見られる思考のパターンを、
解消することを目指すことも、よく知られています。

関係性の側面は、
あいまいで、つかみどころがないからこそ、
こころの中でも、そこに働きかけることによって、
人間の中に、何か新しい変化へのきっかけを生み出していくような、
可能性に満ちた部分なのかもしれません。

そのよさを損なわない形で、
関係性の在り様を良く知ることが、
これからの心理学においても、
大きなテーマになっていくかもしれません。

そのとき、各々の心理療法が培ってきた、
関係性についての繊細な知識が、
役に立つかもしれません。


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【次回配信】
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   次回 【問題号】… 7月25日(火)にお送りする予定です。

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【参考文献】
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● 臨床動作法の基礎と展開 日本臨床動作学会 2000 コレール社

  
● こころが晴れるノート―うつと不安の認知療法自習帳 
  大野 裕 著 2003 創元社

● 結ぼれ R.D.レイン著 村上光彦訳 1997 みすず書房

● 家族内パラドックス 長谷川啓三著 1987 彩古書房 

  

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【編集後記】
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こうした思考実験は、
学問には不可欠な態度ですが、
ある意味で“遊び”であり、
まじめな仮説検証や受験勉強に、
直接結びつくものではありません。

ですが、既存の知識を使ってのこうした“遊び”こそ、
学問の喜びや楽しみの、かけがえのない一部であることを、
皆さんにも知ってもらいたい、
とClip!アカデミーでは考えています。

現在、臨床心理学においては、
学問についての基本的な志向性を持たず、
受験勉強の延長として大学院を目指す人々が大勢います。

ですが、本来大学院とは、
専門分野についての共通の基礎知識を持ち、
こうした学問の楽しみを知っている人たちが、
集う場所なのです。

大学院受験を目指す方は、
大学院でも、このような、自由で、
ある意味無責任な議論を、
たくさん持ってもらいたいと思います。


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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座 
 http://www.clinicalpsychology.jp/  
 ※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。   
 無断転載・転用を禁止します。

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