【Clip! アカデミー】 第7回2005/06/21
第1週 エッセイ号「心の構造図を検討する」
◆提供:臨床心理士指定大学院受験講座◆
http://www.clinicalpsychology.jp/
◆目次◆
1)【前回のまとめ】
2)【見方を変えてみると】
3)【心の構造図は正しいのか】
【次回配信日】
【参考文献】
【編集後記】
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○ ~~~~~~Clip!アカデミーサイクル~~~~~~ ○
■ 基本サイクル ■
※【今回はこちら!】第1週「エッセイ号」…問題提起
↓
第2週「問題号」…練習問題
↓
第3週「解説号」…確認とフィードバック
↓
第4週 基本的にお休み
(特別号が配信される場合があります)
↓
■ 第2サイクルへ続く ■
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1)【前回のまとめ】
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前回エッセイ号では、
心の仕組みを、様々な側面から捉えるために、
一つの図式をご紹介しました。
そこでは、まず現代の心理学を学ぶにあたり、
心理学の研究対象となっている心の側面6つをあげました。
なぜなら、
客観的に観察できない“心”には、
とらえ方によって様々な側面が生じます。
どれが本物か、というより、どれも本物、
いや、それら全ての側面をひっくるめて、
それ以上のものが、心である、
という考え方がバランスのとれた見方であると考えるためです。
これが、臨床心理学を勉強したい、という学生も、
基礎心理学を学ぶ必要がある、ということの、
ひとつの根拠となります。
ただし、6つの側面のそれぞれは、
お互いに影響を与えあっているとはいえ、
成立過程も、成立理由もバラバラです。
そこで、学習のための方便として、
6つの側面をひとつの図式として提示しました。
それをここでは、仮に「心の構造図」と呼ぶことにしましょう。
● 心の構造図
┏━━┳━━━━━━┳━━━━┳━━━━┳━━━╋━━┓
┃ ┃ | | ┃ ┃ |
┃ ┃ 知覚 | | ┃ ┃ |
┃意識┃ゲシュタルト|潜在意識|認知過程┃身体 ┃行動| 外界
┃ ┃ | | ┃ ┃ |
┃ ┃ | | ┃ ┃ |
┗━━┻━━━━━━┻━━━━┻━━━━┻━━━╋━━┛
心の構造図では、
身体から右が我々が客観的に観察できる外の世界、
左が心の内側という位置づけになります。
この図では、一番内側にある意識の側面から、
いくつもの側面を通して、
身体の外に広がる世界を垣間見る、
ということになります。
心理学では、
まず自分(あるいは他人を含めた人間)のことを知りたい、
という気持ちから出発します。
ここでいう“自分”とは、
デカルトが
“我思うゆえに我有り”
(私が今考えている、という事実は疑うことができない、
だからこそ、この事実から私は、自分が今存在している、
と言うのだ。)
と表現したときの“我”、すなわち意識のことです。
ですから、意識を起点として、
そのほか心理学で扱われている心の側面を並べてみた場合、
このような並び順になった、ということです。
このような図式から心の構造を捉えるということからは、
以下の3点が導き出されます。
◆ 意識と身体の間に、
普段我々が意識することのないプロセスが存在すること、
◆ それは、心理学においては、
ゲシュタルト、潜在意識、認知過程
の三つの側面に整理することが出来ること、
◆ 意識は、ゲシュタルト像を認識するが、
その背後で働いている意識過程、認知過程は、
認識することができないこと、
の3つです。
いずれ心理学史の回で詳しく扱うことにしますが、
これは、心理学が、意識の研究から始まって、
心を研究していく中で、発見してきたことでもあるのです。
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2)【見方を変えてみると】
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このように、心の構造図を用いて、
6つの側面から心の構造を捉えてきたわけですが、
これは学習のための仮の枠組みです。
実際には、
心理学における心のモデルとして、
許容されているわけではありません。
そこで今回は、
前回の心の構造図の図式を、
より詳細に、批判的に検討することで、
その限界や、バリエーションを考えてみることにします。
例えば、ゲシュタルト、潜在意識、認知過程、は、
我々が普段意識することはありません。
つまり、我々から見たとき、自覚しているのは、
┏━━┳━━━╋━━┓
┃ ┃ ┃ |
┃ ┃ ┃ |
┃意識┃身体 ┃行動| 外界
┃ ┃ ┃ |
┃ ┃ ┃ |
┗━━┻━━━╋━━┛
また、このうち、外部から観察が可能なのは、
「身体」と「行動」の側面のみです。
他の側面は、身体や行動など、
観察可能な現象や、実験結果を説明するために
構成された、概念的な存在です。
単に説明のために用いる場合と、
実際に存在するはずであると仮定する場合では
意味合いが異なります。
前者を単に構成概念、
後者を仮説的構成概念と呼びます。
認知過程や、潜在意識、知覚、意識の側面は、
したがって、
心理学研究者の側で仮定された、
「仮説的構成概念」と呼ばれます。
実体のある脳や神経系の仕組みだけから、
人間の心を考えようとする生理学の立場では、
このうち、「身体」の側面を重視して、
その観察から、意識の発生のメカニズムを探ったり、
行動を予測しようとしたりします。
そのため、身体の側面だけを問題にする場合、
心理学の範疇には入らないことの方が多いですね。
行動の側面だけを問題にする行動主義心理学においても、
自らを行動科学という言い方で、
心理学と区別しようとする傾向があります。
それに対して、主観的な視点を突き詰めていく、
現象学的な立場からは、以下のような立場が出てきます。
我々が見ているのは、実際には、外界そのものではなく、
複雑な過程を経て出来あがったゲシュタルト像であるとすると、
┏━━╋━━━━━━┓
┃ ┃ |
┃ ┃ 知覚 |
┃意識┃ゲシュタルト| 外界
┃ ┃ |
┃ ┃ |
┗━━╋━━━━━━┛
この知覚が、
外界を忠実に反映しているのか、いないのか、
については、未だ結論が出ていません。
外界を、一度表象という形で再構成するということは、
その過程で外界を忠実に反映していないことになります。
(アフォーダンス理論では、表象を形成しないで行われる、
直接知覚と呼ばれる知覚もありうるとしているようです。)
ゲシュタルト形質は、おもに視知覚における例ですが、
言葉にしても、外界を100%忠実に表現することは出来ない。
これは、構造主義言語学からの考え方です。
言語に関するこうした考え方は、
心理療法、特に精神分析に大きな影響を与えています。
こうした立場では、
身体や行動という側面は、
ブラックボックス(中身の見えない箱)として考えます。
また、現在では、
ゲシュタルト心理学で研究されていた、
知覚の持つ独自の構造や、知覚の成立の仕組みは、
現在では、認知過程の一部として、
認知心理学や、大脳生理学などの領域で
研究されています。
つまり、処理過程としては、
知覚は、認知過程の一部であり、
情報処理の初期の段階で行われる、
比較的低次のプロセスと考えることができます。
そこで、知覚は、認知過程の下位過程であると考えると、
┏━━┳━━━━┳━━━╋━━┓
┃ ┃ ┃ ┃ |
┃ ┃ ┃ ┃ |
┃意識┃認知過程┃ 身体┃行動| 外界
┃ ┃ ┃ ┃ |
┃ ┃ ┃ ┃ |
┗━━┻━━━━┻━━━╋━━┛
このように、認知過程に含まれる、
という考え方をすることも可能です。
※ 我々の心の構造図式では、
心理学を学ぶ上で欠かせない、
ゲシュタルト心理学を位置付けるために、
あえて、知覚・ゲシュタルトとして挙げてあります。
現代の心理学においては、
わざわざゲシュタルトという側面を提示するより、
このように認知過程の一部と考える方が、
むしろ自然であることも、ここに添えておきます。
また、認知過程を、
潜在意識に含めてしまうと、
┏━━┳━━━━┳━━━╋━━┓
┃ ┃ | ┃ |
┃ ┃ | ┃ |
┃意識┃潜在意識| 身体┃行動| 外界
┃ ┃ | ┃ |
┃ ┃ | ┃ |
┗━━┻━━━━┻━━━╋━━┛
といってしまってもいいかもしれません。
通俗的な見方として、
心理学を学んだことがなくても分かりやすいかもしれない。
これは、フロイトの功績といえます。
※ 潜在意識は、無意識と言い換えてもいいのですが、
無意識だと、現代では、フロイト理論における無意識が
あまりに有名なので、少し広い意味で、
潜在意識という言い方をしておきます。
認知過程と、潜在意識との関係は、
きれいには割り切れません。
共通の理論的土台がないので、
比較ができないのです。
そのため、心理学の中でも、
基礎心理学といわれる心の仕組みを理解し、
再現し、予測することを目的とした研究では、
認知過程を置く方が好まれます。
それに対して、
厳密な心の仕組みよりも、
目の前の個人の理解や、行動の予測・推測に
効果のある図式を好む応用心理学においては、
説明概念として有効であれば、
潜在意識は、ブラックボックスでもかまわないわけです。
このように、
前回エッセイ号では、
便宜的にひとつの心の構造図というものを
想定しましたが、
心の構造というものも、様々なとらえ方が可能です。
それは、心理学に登場する心の側面の多くが、
仮説的構成概念だからなのです。
心という実体が、
果たして存在するかというと疑わしい。
とはいえ、
そのあいまいな空白に、仮に何か置いてみることで、
理解が進むことがあります。
数学でいう、方程式
逆に、だからこそ、
基本的な枠組みさえ頭に入れておけば、
そこから、学んだ内容にしたがって、
様々な応用が可能になるのです。
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3)【心の構造図は正しいのか】
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前回エッセイ号では、図式を説明するために、
コンビニエンスストアの社長にご登場いただきました。
全国に店を持つコンビニの社長(意識)が、
自分の会社の直面している現状(外界)を知りたいとする。
しかし、
いくら自分の経営している会社とはいえ、
全国の店舗でバイトや店長達が体験していることの
全てを知るということは、
不可能でもあるし、不必要なことでもあります。
そのために、
全国から集まってくる現状についての情報は、
様々な形で加工が施されることになります。
その結果社長は、
会社の現状に関する一つの報告書を手にします。
報告書(知覚)は、
集められた山のような情報の単なる要約ではなく、
そこから浮かび上がってくる、
ひとつの目に見えない流れ(ゲシュタルト)についての
報告書になるでしょう。
こうした比喩は心理学でよく見られるものですが、
基本的に、「意識」が意思決定の責任者であることを
前提としています。
しかし実際には、
どうもそうとは言えないような知見が集まりつつあり、
意識とは一体なんなのか、
心理学が避けつづけてきたテーマが、
再び熱くなってきています。
意識は、果たして心の中心なのでしょうか。
それとも、もっと他の考え方が優勢になるのでしょうか。
これは、コンビニの比喩で言えば、
社長は本当に責任者なのか、という話しになります。
この点については、
次回、心を、構造ではなく、
“機能”という視点から眺めてみる中で、
もう一度浮かび上がってくることでしょう。
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【次回配信】
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次回 問題号 … 6月28日(火)にお送りする予定です。
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【参考文献】
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仮説的構成概念等基礎知識
● 心理学論の誕生「心理学」のフィールドワーク 2000 サトウタツヤ
渡邊芳之 尾見康博 北大路書房
アフォーダンス
● アフォーダンス─新しい認知の理論 1994 佐々木正人 岩波書店
● エコロジカル・マインド―知性と環境をつなぐ心理学 2000
三嶋 博之 NHKブックス
現象学・構造主義
● わかりたいあなたのための現代思想・入門 1990 小坂修平・
竹田青嗣・志賀隆生 他 JICC
● はじめての構造主義 1988 橋爪大三郎 講談社現代新書
脳科学・認知科学
● 脳内現象〈私〉はいかに創られるか 2004 茂木健一郎
日本放送出版協会
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【編集後記】
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今回のエッセイ号は、
前回のエッセイ号でご紹介した図式へのつっこみです。
心理学は、心という観察しづらいものが対象ですから、
言葉の使い方、概念の用い方に非常に敏感になる必要があります。
多少くどくはなりますが、
これからも、図式を提示したら、その限界を議論してから、
次に進む、というやり方にしていきたいと考えています。
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送信者:臨床心理士指定大学院受験講座
http://www.clinicalpsychology.jp/
※Clip!アカデミーの記載内容は臨床心理士指定大学院受験講座に帰属します。
無断転載・転用を禁止します。
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2005年6月21日火曜日
【Clip!アカデミー】第7回:エッセイ号「心の構造図を検討する」
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